スタニスワフ・レム(Stanisław Lem)の原稿を読み取るのに苦労した編集者たちも紹介しておこう。レムの息子、トマシュは、父の筆跡が誤って解釈されてしまった一件を次のように回想している:
父のふるまいは、一般常識から大きく外れていることが多かった。ただ、そのうち正当化できるものもある。たとえば、父が印刷所から直接受け取った本を手にとり、目次をめくってみると、「闇と黴(Ciemność i pleśń)」(人工的に作られた細菌の存在が物質を消滅させるという短編の題)が、編集部によって「創意あふれる」修正を施され、「闇と歌(Ciemność i pieśń)」になっていた。
ズビグニェフ・ヘルベルト(Zbigniew Herbert)の作品もまた、作者の死後、編集者による「気遣い」の犠牲となる寸前であった。彼の詩「ミュケナイ(Mykeny)」において、本来の「ほとんど一日じゅう シーツの上に固まった血」(Cały dzień prawie / Na prześcieradłach krew zakrzepła)が、誤って「一日じゅう洗濯 シーツの上に血と精液」(Cały dzień pranie / Na prześcieradłach krew i sperma)と印刷される一歩手前であったのだ。幸いなことに、リシャルト・クリニツキ(Ryszard Krynicki)が詩集を編纂する際、この部分を修正している。
チェスワフ・ミウォシュの作品では、消えたコンマ以外にも誤った編集の痕跡が見られた。晩年、ミウォシュの視力は衰え、コンピューター出力された原稿に欠けた文字を補わなければならないことが度々あった。そんな中、詩「標本(Okazy)」の一行に、作者のタイプで「コルクの兜をかぶった紳士とともに、草原を歩む(Razem z pnem w korkowym hełmie, kroczącym łąką)」とあるべきところ、編集者が「i(~と)」を差し込んでしまい、結果として「コルクの兜をかぶった切り株が草原を歩む」(pnem→pniem)という滑稽な描写になってしまったのだ。ミウォシュは幸い、青いインクで「pniem(切り株)」を「panem(紳士)」に訂正し、校正の段階でこの誤植を防ぐことができた。しかし別の詩集では誤植を免れることができず、本来の比喩「善の毛深さ(kosmatość dobra)」が、深読みしすぎた校正者の手により「ビーバーの毛深さ(kosmatość bobra)」と書き換えられ、読者の想像力が奇妙な方向へ刺激されることになってしまったのである。
参考文献:
Artur Dzigański, "Praktyczny słownik interpunkcyjny", Kraków 2004
Łukasz Garbal, "Edytorstwo. Jak wydawać współczesne teksty literackie?", Warszawa 2011
Maciej Malinowski, "Ortografia polska od II połowy XVIII wieku do współczesności. Kodyfikacja, reformy, recepcja", Katowice 2011 [online, dostęp: 1.06.2020]; kultura.onet.pl.
執筆:アグニェシュカ・ヴァルンケ(Agnieszka Warnke)、2020年6月2日(2021年1月21日改訂)
日本語訳:川本夢子(Yumeko Kawamoto)、2025年9月20日