英雄 Bohater
ポーランド語の「英雄」(「主人公」の意味もあります)という言葉は、長い道のりをはるばるやってきました。
16 世紀に初めて記録された単語、ボハテルbohater は、トルコ語・モンゴル語で用いられていた敬称であるバグハトゥルbaghatur から、ウクライナ語を経由して、ポーランド語に輸入されました。したがってボハテルはイスラム文化や、韃靼人のクリミア・ハン国やオスマン帝国などとの密接な交流の結
果として、ポーランド語に入ってきた東洋の言葉の一つです。ポーランド・リトアニア共和国はこれらの大帝国とは国境を接し、ときには戦火を交えながらも、たいがいは平和的に共存してきたのでした。
この、まったく異なる文化との深い交流は、新たな知識と、互いへの憧憬の念をもたらしました。ジュマdżuma(ペスト)、カイダヌィkajdany(足枷・手枷)、クルハンkurhan(埋葬塚)、シャラィンチャszarańcza(いなご)など、トルコ語からポーランド語へ多くの借用語が取り入れられたという事実が、その証拠です。ホルダhorda(遊牧民)などいくつかの言葉は、ポーランド語からさらに移動して、西ヨーロッパ言語(horde は英語でも遊牧民という意味です)に流入したと言われています。
東方の影響は、サルマチア期のポーランド士族の装束を見れば明らかです。コントゥシュkontusz、デリアdelia、チェクマンczekman やスクマナsukmana といったポーランド人の衣服は、何世紀にもわたって西欧諸国に対して、かなり東方的な印象を与えてきました。それもそのはず、これらの単語
はみな、東方に出自を持っているのです。
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ポーランドの家屋には伝統的に、ディヴァヌィdywany やコビェルツェkobierce(どちらも「絨毯」を意味します)、マカティmakaty(タペストリー)等、東方の要素が多く見られます。また、ティトンtytoń(タバコ)やカヴァkawa(コーヒー)が供されますが、これらもみな、それを表す単語とともに、東の国の発明です。トルコ語も、バザルbazar(マーケット、バザール)、トヴァルtowar(商品)、タプチャンtapczan(ソファベッド、布団)、トルバtorba(バッグ)や、ヤシェクjasiek(小さな枕)のように、日常の中によく現れます。
と、これらすべてを見てみると、ヤン・ソビエスキ3 世(Jan III Sobieski)やヘットマン・スタニスワフ・ジュウキェフスキ(Hetman Stanisław Żółkiewski)など、オスマン帝国との戦いにおいて名を揚げたポーランド史の偉大な英雄たちが、トルコ語から来た、ボハテージィbohaterzy〔bohater の複数形〕と呼ばれているのは、なんだか矛盾しているように思えるかもしれません。
『素粒子、象とピエロギと–101語のポーランド』(アダム・ミツキェヴィチ・インスティテュート発行)から抜粋。
書籍は6月18日開催のポーランド・フェスティバルにて2500円で販売されます。
執筆:ミコワイ・グリンスキ(Mikołaj Gliński)
日本語訳:柴田恭子