ヴァイダとホロウベクの世代、そして彼らの後輩たちにとって、ロマン主義は反抗すべき対象であるとともに、インスピレーションの源だった。ロマン主義は彼らにポーランド社会、民族的な神話や歴史の審判をよりよく理解する手段を与えると同時に、ロマン主義文学の傑作を単純化する解釈に反対するよう求めた。
もっとも興味深い形でロマン主義に切り込んだ映画作品の一つがアンジェイ・ジュワフスキ(Andrzej Żuławski, 1940-2016)の『悪魔(Diabeł)』(1972)である。物語の主人公、殺人鬼ヤクプは悪魔によって悪の限りを尽くすよう導かれ、ロマン主義的な世界に根付いた存在である。ジュワフスキは1793年、つまりポーランド第二次分割の際の出来事に題材を求めた。ポーランド最後の王、スタニスワフ2世アウグスト(Stanisław II August, 1732-1798)の治世に対するロマン主義者たちによる批判に言及するとともに、ロマン主義文学において非常に重要な「狂人」の表象を用いている。ロマン主義に由来するジャンルである、形而上学的なホラーという形を選んだのだ。ちなみに、その後何年も経ってから、フリデリク・ショパン(Fryderyk Chopin, 1810-1849)とジョルジュ・サンド、また彼女の家族との関係を描いた『Błękitna nuta(ブルー・ノート)』〔邦題は『ソフィー・マルソーの愛人日記』〕(1991)では、ロマン主義のもう一つの典型的な主題である「呪われた芸術家」の人物像が用いられている。
ジュワフスキとワイダの時代から、ポーランド映画は大きな変化を遂げ、現在、ロマン主義は忘れ去られた存在になっている。もちろん、ロマン主義的な主題は折々に銀幕に現れ、若手の監督による映画にも、カミル・ポラク(Kamil Polak)のアニメーション作品『Świteź(シフィテシ)』、クバ・チェカイ(Kuba Czekaj)による『Królewicz Olch(魔の王子)』やアグニェシュカ・スモチンスカ(Agnieszka Smoczyńska)の『ゆれる人魚(Córki dancingu)』等、ロマン主義文学から着想を得た作品もある。
しかし、新しい世代のポーランド映画人にとって、ロマン主義者たちは現代や人間、ポーランドを語る上でのパートナーではなくなった。ワイダ、ホラント、ホロウベクやジュワフスキが意識してロマン主義的な想像力と対話を行い、ミツキェヴィチ、ノルヴィトやスウォヴァツキから受け継がれた遺産と思想上の戦いを繰り広げたのに対し、彼らの映画上の孫世代は、ロマン主義については、人目を引くが生気には欠ける、さまざまな奇抜なキャラクターや、テーマの貯蔵庫としてとらえれば良い方、というのが実情である。
出典:
Marcin Maron, "Romantyzm i kino. Idee i wyobrażenia romantyczne w filmach polskich reżyserów z lat 1947-1990(ロマン主義と映画――1947年-1990年のポーランド人監督による映画作品におけるロマン主義思想とロマン主義的想像力)", Lublin 2019.
Dwutygodnik
Las Rzeczy
執筆:バルトシュ・スタシュチシン(Bartosz Staszczyszyn)、2022年6月2日、改訂:2025年6月4日
日本語訳・編集:柴田恭子(Yasuko Shibata)、2026年1月