書籍『Agnieszka Holland(アグニェシュカ・ホラント)』(ワルシャワ、2009)で著者カタジナ・モンカ=マラティンスカ(Katarzyna Mąka-Malatyńska)は、ホラントのほとんどの映画において、登場人物や描かれる世界が「形而上学的な経験に繋がる」構造になっており、これが彼女の映画の独自性であると指摘している。しかし、形而上学的な問いを投げかけながら、明確な答えは提示していない。
もうひとつ重要な点として、ホラントは現実社会を語る新しい映画の「言語」を用いていることが挙げられる。彼女の作品が徐々に大衆映画的方向に流れつつあることは間違いなく、映画『ワルシャワの悲劇 神父暗殺(Zabić księdza)』(1988)はポーランドの観客に大きな衝撃を与えた。物語は戒厳令下のポーランドを舞台に、政治的暗殺で知られるイェジ・ポピェウシュコ神父の事件を描いているが、当時のポーランド社会像や登場人物の心理分析は、タデウシュ・ルベルスキ(Tadeusz Lubelski, 『Film na Świecie』1989年の監督)をはじめとする批評家たちによれば、「スリラーの詩学」に影響を受けてはいるものの、やや図式的性格が見られるという。マリオラ・ヤンクン=ドパルトヴァは、この映画における大衆的表現の不自然さは監督の意図的なものであると述べ、「『ワルシャワの悲劇 神父暗殺』は、陰鬱な心理ドラマと政治的・宗教的な世俗描写の双方が成立する過程の分析である」とも解説している。
その後の作品、『太陽と月に背いて(Total Eclipse)』(1995)、『ワシントン・スクエア』、『奇蹟の詩サード・ミラクル』、『心臓を貫かれて(Shot in the Heart)』(2001)についても、多くの批評家は同作品に用いられた大衆映画的言語に懐疑的であるが、ヤンクン=ドパルトヴァはこれを監督の一貫した意図だとして評価している。『太陽と月に背いて』について、彼女は「ホラントはこの映画で大衆的言語を用いるが、クンデラと同様にそれを存在論的カテゴリーで扱う。世俗の美学は大衆文化に親しむ観客にも、より深い思考を求める玄人にも満足感を与えることができる。ただ、時には両者が期待外れと感じることもある」と記している。
『ソハの地下水道(W ciemności)』
『僕を愛したふたつの国/ヨーロッパ ヨーロッパ』から20年後、アグニェシュカ・ホラントは再びホロコーストをテーマに取り組み、クリスティナ・ヒゲル(Krystyna Chiger)の本『The Girl in the Green Sweater(緑色のセーターの少女,Dziewczynka w zielonym sweterku)』(2008年、ポーランド語版2011年)を映画化した。完成した作品『ソハの地下水道(W ciemności)』は、第二次世界大戦中にリヴィウの下水道でユダヤ人の一団を救ったレオポルト・ソハ(Leopold Socha)という男の物語である。
『ソハの地下水道』(2011年、アグニェシュカ・ホラント監督)より。写真: Robert Pałka/Fotos-Art/Film Studio Zebra
同映画公開後、『Kino』誌で神父アンジェイ・ルテル(Andrzej Luter)は次のように述べている:
ホラントの独自性は、英雄論や政治的な立ち位置といった枠にとらわれず、ホロコーストの別の顔を見せてくれるところにある。犠牲者、つまり下水道のユダヤ人たちも、多様な人間像の集合体であり、必ずしも観客が好感を持つキャラクターばかりではない。作品を見ている側は、夫婦間の裏切り、嫉妬、傲慢さ、嘘といった現実を目の当たりにする。下水道という息が詰まる空間での情事と、その上方から聞こえる銃声が混ざり合う中、恐怖と魅惑が入り混じる瞬間を感じられ、残酷な死の前でありながらどこか人を惹きつける描写となっている。婚外子の誕生と母の苦渋の決断は、物語全体に古代悲劇の要素を与えているとも言える。(中略)これはまた、人間の贖罪を描く映画としても受け取ることができる。こうしてホラントは作品に普遍的で時代を超えた価値のようなものを与えたのだ。
『ソハの地下水道』は批評家から高い評価を受け、2012年にはアカデミー賞外国語映画ポーランド代表に選出された。さらにグディニャで開催されたポーランド長編映画祭では10部門において金獅子賞を受賞、加えてヨーロッパ映画賞にもノミネート。また、撮影監督ヨランタ・ディレフスカは優秀な撮影技術を称えられ、カメリマージュ国際映画祭のゴールデン・フロッグ賞を受賞している。