慈善コンサートか、プロパガンダか
戦後まもない時期、海外に住むポーランド人を始め、世界中の偉大なアーティストたちがワルシャワやポーランド各地でコンサートを開いた。アルトゥール・ロジンスキー(Artur Rodziński, 1892-1958)、アルトゥール・ルービンシュタイン(Artur Rubinstein, 1887-1982)、アルトゥーロ・トスカニーニ(Arturo Toscanini, 1867-1957)、ブロニスワフ・フーベルマン(Bronisław Huberman, 1882-1947)やレオポルド・ストコフスキー(Lepold Stokowski, 1882-1977)の名前が挙げられる。1947年以降は東側諸国とその他の国の間で外交紛争が激化したことにより、このようなコンサートが開催されることは次第に少なくなっていった。
第二次世界戦争が終わるとほぼ同時に、新政権はそのイメージを和らげるために慈善コンサートを開催し始め、この傾向は共産主義時代を通して続いた。1946年3月24日、「ローマ」劇場ホールで帰還兵のためのコンサートが行われた。ショパンコンクールの審査員・卓越した教育者だったマルゲリータ・トロンビーニ=カズロ教授(Margerita Trombini-Kazuro, 1891-1979)とともにオルガ・オルレンスカ(Olga Orleńska, 1894-1956)やミハウ・ショプスキ(Michał Szopski, 1915-2011)といったオペラ歌手が出演し、プログラムにはショパンの作品や有名なオペラアリアが含まれていた。またイーゴリ・モイセーエフ(Igor Moiseyev, 1906-2007)の有名なソ連バレエ団がワルシャワ復興のために踊り、数百万ズウォティの寄付金を集めた。以下の『Kronika filmowa(ニュース映画)』動画では、モイセーエフのダンサーによる公演についてのレポートが6分から始まる。
「ポーランドニュース映画」1947年40号. avi
1950年代以降は多くのプロパガンダコンサートが開催された。例えば、今はもう存在しないが、北プラガ地区のヴィレンスキ広場(pl. Wileński)にあった戦友記念碑(Pomnik Braterstwa Broni)〔ナチスドイツに対するソ連軍・ポーランド人民軍の共闘を記念する像〕の下、社会主義十月大革命記念日に壮大な式典が行われた。
戦後のワルシャワにおいて、コンサートの開催状況は不安定ではあったが、活気にあふれ、多様性に富んでいた。グラジナ・バツェヴィチ(Grażyna Bacewicz, 1909-1969)を始め多くのポーランド人作曲家の作品が初演されたクラクフのポーランド音楽祭(Święto Muzyki Polskiej)に匹敵するような大きなイベントはワルシャワでは開かれなかったが、これは当時、重要なことではなかった。この時期の最も辛口の評論家でさえ、演奏家の失敗には注意を払わなかった。何はともあれ、1939年以来初めて、コンサートに自由に行くことができるようになったからだ。
出典:Jan Górski, Warszawa w latach 1944-1949. Odbudowa〔1944-1949年のワルシャワ――復興〕Warszaw 1988; Jan Górski, Drugie narodziny miasta. Warszawa 1945〔街の第二の誕生――1945年のワルシャワ〕Warszawa 1976; Stanisław Dybowski, Czerny-Stefańska. Epizody z życia〔ハリーナ・チェルニー=ステファンスカ――生涯のエピソード〕Warszawa 2006; Aneta Teichman, Jan Ekier〔ヤン・エキエル〕Kraków 2013; Anna Straszyńska, Teoria wyzwolenia. Warszawska Praga 〔解放の理論――ワルシャワ・プラガ地区〕Warszawa 2019; 100 lat Filharmonii w Warszawie 1901-2001〔ワルシャワ・フィルハーモニーの100年――1901-2001〕Studia pod red. Marii Bychawskiej i Henryka Schillera, Warszawa 2001; Stanisława Mrozińska, Teatr wśród ruin Warszawy〔ワルシャワの廃墟の中の劇場〕Warszawa 1988, „Ruch Muzyczny” 1945-1946.
執筆:フィリップ・レフ(Filip Lech)、2019年1月17日、改訂:2023年2月4日
日本語訳:柴田恭子(Yasuko Shibata)、2025年10月