ジグムント・クラウゼ(Zygmunt Krauze、以下ZK):そうでしたね。私はこの地域に魅了されていますので。1970年代の終わりから、アジアの国々が非常に大きく発展していく様子を観察していました。初めて訪れたのは韓国で、1982年のことです。韓国については何も知りませんでした。当時はパリに住んでおり、知識がないまま渡航したのです。
FL:ポーランド人民民主主義共和国(共産主義政権下のポーランドの名称)は、韓国とは国交を結んでいませんでした。
ZK:そのため、最後まで国境を越えられるかどうか分からず、ようやくソウルの空港で査証を取得できました。そういうわけで、勇気はいくらか必要でした。渡航したのは、私の親友で素晴らしい作曲家、姜硯煕(かん・そっき, 1934-2020)が主催する現代音楽祭「パン・ミュージック・フェスティバル(Pan Music Festival)」に参加するためです。その後も国際現代音楽協会(International Society for Contemporary Music, ISCM)執行委員会メンバーとして、韓国を何度も訪れています。数年間、大邱市の啓明大学校(Keimyung University)に特任教授として招聘され、半年にわたって滞在したこともあります。驚異的なテンポで発展を遂げる韓国の様子を目の当たりにしました。
FL:日本も訪れておいでですね。
ZK:私の日本との冒険は、素晴らしい作曲家、武満徹(1930-1996)との交流から始まりました。武満さんは東京で「今日の音楽(Music Today)」という音楽祭を主催しており、私はそこに招かれました。『ピアノ協奏曲第2番(II Koncert fortepianowy)』(1996)は彼に献呈しました。この作品は、武満氏が企画するサントリーホール・シリーズのために委嘱されたものです。残念ながら、彼は初演に立ち会うことはできませんでした。
1980年代半ばから、慶應大学に招かれ、東京へは授業で何度も行きました。その後、神戸と大阪でも講義を担当しました。日本には一柳彗(1933-2022)、湯浅譲二(1929-2024)など、同世代の作曲家や演奏家に多くの親友がいますし、いました。残念ながら、多くの友人たちがこの数年で亡くなっています。
FL:若い世代の音楽家たちとも親交がおありですね。いずみシンフォニエッタ大阪の音楽監督に就任した藤倉大さんもその一人です。
ご縁というのは不思議なものですね。長年にわたり、私はラジェヨヴィツェ(Radziejowice)〔ワルシャワの南東約40kmに位置する、マゾフシェ地方の歴史的な村〕で若い作曲家のための夏季講習会を企画・運営してきました。昨年、藤倉さんを講師の一人として招いたところ、誘いに快く応じてくれました。実は20年前、私が主催した作曲家コンクールで優勝していたことが判明しました!私はすっかり忘れていたのですが、藤倉さんはきちんと覚えていました。
いずみシンフォニエッタ大阪のシーズン開幕に際し、私の『コンチェルティーノ』(2026)が世界初演されます。コンサートのプログラムには、ウッチ音楽アカデミーでの私の教え子で、現在アメリカで活動している福岡似奈さんの作品も入っています。