ワルシャワ国立高等音楽院でマリア・ヴィウコミルスカ(Maria Wiłkomirska, 1904-1995)にピアノ演奏(1962年修了)、カジミェシュ・シコルスキ(Kazimierz Sikorski, 1895-1986)に作曲(1964年修了)を師事する。フランス政府給費留学生として、さらにパリで音楽の研鑽を積み、1966年から1967年にかけ、ナディア・ブーランジェ(Nadia Boulanger, 1887-1979)のもとで作曲を学ぶ。1963年よりピアニストとしてヨーロッパ各国とアメリカ合衆国で、主に現代曲をレパートリーとしたコンサートを行う。1967年、ワルシャワに最新の音楽作品の演奏を専門とするアンサンブル「Warsztat Muzyczny(音楽工房)」を創設。アンサンブルを構成したのは4人の楽器奏者で、クラリネット奏者のチェスワフ・パウコフスキ(Czesław Pałkowski)、ファゴット奏者のエドヴァルト・ボロヴィャク(Edward Borowiak)、チェロ奏者ヴィトルト・ガウォンスカ(Witold Gałązka)、そしてピアニストのジグムント・クラウゼである。1988年まで活動を続け、約300のコンサートを開催した。ポーランド国内外の作曲家が「Warsztat Muzyczny」のため、120以上の作品を制作した。
作曲家
ジグムント・クラウゼ。写真:Jacek Dominski / Reporter /East News
ジグムント・クラウゼの作曲家としての業績には、まず10のオペラ作品が挙げられる。『Gwiazda(星)』(1981)、『Balthazar(バルタザール)』(2001)、『Iwona, księżniczka Burgunda(ブルグント公女イヴォナ)』(2004)、『Polieukt(ポリュクトス)』(2010)、『Pułapka (罠)』(2011)、『Olimpia z Gdańska(グダンスクのオリンピア)』(2015)、『Yemaya – Królowa mórz(海の女王イェマヤ)』(2019)、『Noc kruków(カラスたちの夜)』(2022)、『Ślub(結婚)』(2024)、そして『Bona Sforza(ボナ・スフォルツァ)』(2024)は、マンハイム国立劇場、パリ・コリーヌ国立劇場、ハンブルク国立歌劇場、ワルシャワ大劇場、ヴロツワフ歌劇場、ワルシャワ室内歌劇場、ポズナン大劇場、ポーランド王立劇場、トゥールーズ・キャピトル劇場、バーリ・ペトゥルッツェッリ劇場を始めとする劇場で上演されている。2012年にはオペラ『Polieukt』の上演により、フランス批評家組合からシーズン最優秀公演賞を受賞した。
ジグムント・クラウゼの器楽作品は、小品から数百人編成の交響曲まで、その形式は幅広い。特に重要な役割を与えられている楽器は、常にピアノである。ジグムント・クラウゼはピアノを用いて作曲するだけでなく、コンサートピアニストとして、自作品の演奏者としても成功を収めている。『Sześć melodii ludowych(6つの民俗的メロディ)』(1958)のような初期の作品から、『Pięć kompozycji unistycznych(5つのウニズム作品)』(1963)、『Tryptyk(三部作)』(1964)など、音楽記法の実験の成果としての作品、そして『Stone Music(石の音楽)』(1972)、『Arabesque(アラベスク)』(1983)、『Adieu(永遠の別れ)』(2001)といったピアノの響きを実験した作品、『Gloves Music(手袋の音楽)』(1972)や『One Piano Eight Hands(1台のピアノ、8本の手)』(1973)等、劇場の音楽作品へと続き、2つのピアノ協奏曲(1976, 1996)では、超絶技巧が感情の強い高まりと共鳴する。
その他の重要な器楽曲としては、室内管弦楽のための『Tableau vivant(生きた絵)』(1982)、金管楽器、マンドリン、アコーディオンと6人の打楽器奏者のための『Blanc-rouge / Paysage d’un pays(白―赤/ある国の風景)』(1985)、『Quatuor Pour La Naissance(誕生のための四重奏曲)』(1985)、『Kwintet fortepianowy(ピアノ五重奏曲)』(1993)、器楽アンサンブルのための『Canzone(カンツォーネ)』(2011)と85の中国楽器のための『Memories of the East(東洋の思い出)』(2012)が挙げられる。
クラウゼの傑出した業績の一つがウニズム(unizm)音楽である。彼自身は以下のように述べている:
音の響きには、混沌とした他の音楽や音から聴き分けることができる、個性がある。音楽作品の演奏は、私にとっては時間を組み立てるという意味がある。〔……〕作品の冒頭で響きの全音階が提示され、それが続く過程では、異質なものや新しいものは何も現れない。驚きはない。〔……〕この音楽は、異なる受容方法の可能性と結びついている。理想的な状況は、音楽が常に続いている中、聴く者が自分にとって都合の良い時にやって来て、ちょうど良いと思う時に去っていくというものだ。
ウニズムの理論的な基盤は、ヴワディスワフ・スチュシェミンスキ(Władysław Strzemiński, 1893-1952)の絵画に由来する。その応用の例は、例えば『Polichromia(多彩色)』(1968)、『Utwór na orkiestrę nr 1(管弦楽のための作品第1番)』(1969)や『Kwartet smyczkowy nr 2(弦楽四重奏曲第2番)』(1970)および『Kwartet smyczkowy nr 3(弦楽四重奏曲第3番)』(1982)などのジグムント・クラウゼの作品に見て取れる。
連作『Rivière souterraine(地下の川)』(1987)もクラウゼの理論の実践であり、電子音と器楽アンサンブルを合わせることを何よりも重要な理念とする。電子音はピアノの弦の録音をもとに生成され、音のグラニュラー合成、伸縮と凍結が施される。オーケストラの部分も、録音・編集された電子音に由来する。このような前提のおかげで、オーケストラと電子音という二つの層から、同じ源泉から生まれた、一貫性のある均質なまとまりが生まれる。連作のうち、最新の『Rivière souterraine(地下の川)第3番』は2023年8月28日、オストラヴァ現代音楽祭(Ostrava Days Festival)で初演された。
ジグムント・クラウゼの作品のもう一つの要素は、劇場の音楽である。30年以上の間、フランスで活動したアルゼンチン出身の演出家、ホルヘ・ラヴェッリ(Jorge Lavelli, 1932-2023)と共同制作を行った。その成果は、コメディ・フランセーズと国立パリ・コリーヌ劇場でのコルネイユ『ポリュクト』(1987)、W・ゴンブロヴィチ『Operetka(オペレッタ)』(1988)、E・イヨネスコ『Macbett(マクベット)』(1992)、T・ドルスト『Merlin oder das wüste Land(マーリンまたは荒地)』(2005)、ソフォクレス『オイディプス王』、そしてモリエール『守銭奴』を始めとする作品の公演として結実されている。
主要な作品群のリストを締めくくるのは、合唱曲や歌唱曲だ。最も重要なのは近年の作品で、ユリアン・トゥヴィム(Julian Tuwim, 1894-1953)の歌詞に、室内合唱団と12の楽器のアンサンブルのために書かれた2006年の作品『Bal w operze(オペラ座の舞踏会)』、そしてショパンの書簡を歌詞として、室内合唱団とアカペラ、または民俗楽器アンサンブルのために書かれ、2010年に初演された『Podróż Chopina(ショパンの旅)』である。タデウシュ・ルジェヴィチ(Tadeusz Różewicz, 1921-2014)の詩を歌詞とした、バリトンとピアノのための『Pięć pieśni do poezji Tadeusza Różewicza(タデウシュ・ルジェヴィチの詩への5つの歌)』(2000)と、イヴ・ヴォヌフォア(Yves Bonnefoy, 1923-2016)歌詞、ソプラノと管弦楽のための『La Terre(大地)』(1995)もぜひ挙げておきたい。
演奏家
1966年、ジグムント・クラウゼは、オランダのユトレヒトで開催された現代音楽演奏家コンクール「ガウデアムス」で優勝を果たし、その時以来、世界の主要な舞台で演奏を行ってきた。ゲイリー・ベルティーニ(Gary Bertini)、ヤン・クレンツ(Jan Krenz)、レイフ・セーゲルスタム(Leif Segerstam)、カジミェシュ・コルト(Kazimierz Kord)、秋山和慶、エルネスト・ブール(Ernest Bour)、ハンス・ツェンダー(Hans Zender)、エトヴェシュ・ペーテル(Eötvös Peter)、アントニ・ヴィット(Antoni Wit)やルカ・プファフ(Luca Pfaff)を始めとする、数々の指揮者たちと共演。1967年にはアンサンブル「Warsztat Muzyczny」を立ち上げ、25年間にわたって代表を務めた。アンサンブルの委嘱を受け、L・アンドリーセン(L. Andriessen)、M・フェルトマン(M. Feldman)、M・ナイマン(M. Nyman)、P・ノルゴード(P. Nørgård)、M・カゲル(M. Kagel)、ヘンリク・ミコワイ・グレツキ(Henryk Mikołaj Górecki)、ヴォイチェフ・キラール(Wojciech Kilar)、カジミェシュ・セロツキ(Kazimierz Serocki)やヴィトルト・シャロネク(Witold Szalonek)等、世界各国の卓越した作曲家により、合わせて100以上の作品が作られた。
ジグムント・クラウゼは「パフォーマンス」と呼ばれる音楽・空間構成(インスタレーション)の新しい形式を創設した人物である。建築家のテレサ・ケルム(Teresa Kelm)とワルシャワの現代ギャラリー(Galeria Współczesna, 1968, 1970)で、同じく建築家のヴィェスワフ・ノヴァク(Wiesław Nowak)およびヤン・ムニャク(Jan Muniak)と共同制作を行い、フランスのメス(Metz)やウッチ現代美術館(Muzeum Sztuki Współczesnej w Łodzi, 1988)とともに、グラーツのエッゲンベルク城(1974)とストラスブールのローアン宮殿等の自然な環境下においてパフォーマンスが実施された。
教育者
ジグムント・クラウゼはコンサート活動のほか、教育にも携わっている。長年にわたり、世界各国の様々な教育・研究機関において、作曲やピアノ奏法について講義を行ってきた。1970年~1971年にクリーヴランド州立大学でピアノ演奏の教授を務め、1973年~1974年、ドイツ学術交流会に招聘され「アーティスト・イン・レジデンス」プログラムでベルリンに滞在。また、ストックホルム王立音楽院(1975)、ダルムシュタット夏季現代音楽講習会(1976)、インディアナ大学(1978)、ミシガン大学(1978)、バーゼル音楽院(1979)、イェール大学(1982, 1994)、カジミェシュ・ドルヌィ(Kazimierz Dolny)国際夏季講習会(1986)、慶應義塾大学(1986)、クロアチアのグロズニャン(1988)、エルサレムのルービン音楽院(1991)、大阪(1994)、神戸大学(1994)、ソウル国立大学(1994)とコロンビア大学(1994)で教鞭を執った。
1996年に韓国、大邱市の啓明大学校の特任教授に任命される。2002年からウッチ音楽アカデミーで作曲の教授を務め、2015年に同アカデミーより名誉博士号を授与された。2006年からワルシャワのショパン音楽大学でも教鞭を執っている。2013年5月、ジグムント・クラウゼはブカレスト国立音楽大学から名誉博士号を授与された。
企画・運営活動
ジグムント・クラウゼの音楽行事の企画運営者としての活動は、1970年に始まった。同年、「ワルシャワの秋(Warszawska Jesień)」プログラム委員会のメンバーに就任し、11年間にわたって職務を遂行する。1980年にはポーランド現代音楽協会(Polskie Towarzystwo Muzyki Współczesnej)の再興を主導し、20年にわたって会長を務めた。ピエール・ブーレーズの招きで、1982年にフランス国立音響音楽研究所(Institut de recherche et de coordination acoustique/musique, IRCAM)の芸術顧問に就任。1983年~1984年、毎週、ラジオ・フランス傘下の主要ラジオ局「France Musique」音楽番組の司会を担当。ヴィトルト・ルトスワフスキ協会(Towarzystwo im. Witolda Lutosławskiego)の創設者・会員の一人で、会長を1期務める。「音楽の庭財団(Fundacja Ogrody Muzyczne)」芸術監督として、ワルシャワ王宮の夏季音楽祭「音楽の庭(Ogrody Muzyczne)」を企画運営。世界各国で国際作曲コンクールの審査員を定期的に務めている。