ポーランドのビンテージ絵本
「イラストのポーランド派」は長年、世界で成功を収めてきた。社会主義時代の優れた絵本の中から、既に復刊されているもの、今後期待されるものを紹介する。
「イラストのポーランド派」は1950年から1980年にかけ、ヤン·マルチン·シャンツェル(Jan Marcin Szancer, 1902-1973)、オルガ·シェマシュコ(Olga Siemaszko, 1911-2010)、ユゼフ·ヴィルコン(Józef Wilkoń, 1930-)、ヤヌシュ·スタンヌィ(Janusz Stanny, 1932-2014)といった、卓越した挿絵画家たちによって形成された。彼らは文を書く作家との絶妙な連携のもと創作活動を行い、「1(作家)+ 1(挿絵画家)= 3」、つまりその結果として出来上がった絵本が、作家·画家それぞれの力を合わせた以上のものになることを証明した。
興味深いことに、ポーランド人民共和国(社会主義時代のポーランド)では、児童書の表紙や挿絵は、ロマン·チェシレヴィチ(Roman Cieślewicz, 1930-1996)、ヘンリク·トマシェフスキ(Henryk Tomaszewski, 1914-2005)やヤン·ムウォドジェニェツ(Jan Młodożeniec, 1929-2000)など、この分野とあまり関係がないように思われるアーティストたちが手がけていた。またこの時期、ミェチスワフ·ピョトロフスキ(Mieczysław Piotrowski, 1910-1977)やヤヌシュ·スタンヌィにより、流派や傾向にとらわれず、その革新性·独創性によって今日まで人々を魅了する、素晴らしい本も数多く作り出された。
「イラストのポーランド派」は1980年代に危機を迎える。紙や印刷の質が目立って低下したことが1番の原因だった。1990年代~21世紀初めの停滞期を乗り越え、子ども向けの絵本は今再び、勢いを盛り返している。ここでは、社会主義時代の最も興味深い作品をいくつか紹介しよう。
ヤン·ブジェフファ『子どもに贈るブジェフファの詩』、挿絵:ヤン·マルチン·シャンツェル

『子どもに贈るブジェフファの詩』、1955年。ブジェフファと共同創作を行ったシャンツェルの最も有名な作品の一つ。出典:www.book.hipopotamstudio.pl
シャンツェルは社会主義時代の最も有名な挿絵画家の一人だが、第二次世界大戦前にすでにデビューを果たした。彼のスタイルには実際、古風なエレガンスが感じられる。彼が挿絵を手がけた最初の本は、1935年に出版された小学校2年生用の読本、『Nasze miasto(わたしたちの町)』。広く知られたシャンツェルの署名「jms」が初めて使われたのは1944年だった。

『子どもに贈るブジェフファの詩』初版はNasza Księgarnia(ナシャ·クシェンガルニャ,わたしたちの本屋)社、1955年。
シャンツェルは『O Janku, co psom szył buty(犬にくつを縫ったヤネクの話)』〔ユリウシュ·スウォヴァツキ(Juliusz Słowacki, 1809-1849)の戯曲『Kordian(コルディアン)第一幕に出てくるおとぎ話』〕、コッローディの『ピノッキオの冒険』、スタニスワフ·ヤホヴィチ(Stanisław Jachowicz, 1796-1857)の『Pan kotek był chory(こねこどのは病気)』、マリア·コノプニツカ(Maria Konopnicka, 1842-1910)の『O krasnoludkach i sierotce Marysi(こびととみなしごマリーシャの話)』、『くるみわり人形』、アンデルセンの『童話集』を始め、240以上もの本の挿絵を描いた。ポーランドではおそらく誰しも、子どもの頃に読んだトゥヴィムの『Lokomotywa(機関車)』やロシア民話に基づいた詩『Rzepka(かぶ)』を彩るシャンツェルの挿絵を覚えているだろう。ヤン·ブジェフファ(Jan Brzechwa, 1898-1966)の『子どもに贈るブジェフファの詩(Brzechwa dzieciom)』や『クレクス先生のふしぎな学校(Akademia Pana Kleksa)』も同様で、ブジェフファとは共同創作を行なっていた。「大人向け」文学については、ミツキェヴィチの長編叙事詩『パン·タデウシュ(Pan Tadeusz)』、アレクサンドル·フレドロ(Aleksandr Fredro, 1793-1876)の喜劇『Zemsta(復讐)』、ボレスワフ·プルス(Bolesław Prus, 1847-1912)の歴史小説『Faraon(ファラオ)』、そしてトルストイ、プーシュキンの作品のポーランド語訳の挿絵を担当した。子ども向けの隔週刊誌『Świerszczyk(こおろぎちゃん)』の美術ディレクターでもあった。
シャンツェルの挿絵(選)はこちら
『子どもに贈るブジェフファの詩』初版はNasza Księgarnia(ナシャ·クシェンガルニャ,わたしたちの本屋)社、1955年。
ユリアン·トゥヴィム『Pan Maluśkiewicz i wieloryb(マルシキェヴィチ氏とくじら)』、挿絵:ボフダン·ブテンコ

ユリアン·トゥヴィム『Pan Maluśkiewicz i wieloryb(マルシキェヴィチ氏とくじら)』、挿絵:ボフダン·ブテンコ
1956年に出版されたトゥヴィムの『Pan Maluśkiewicz i wieloryb(マルシキェヴィチ氏とくじら)』は、ボフダン·ブテンコ(Bohdan Butenko, 1931-2019)が挿絵を手がけた最初の児童書の一つで、熱狂的なファンがいる彼の様式の優れた例となっている。とは言え、ここで重要なのは様式だけではない。ブテンコについては、本全体の構造そのものについて語る必要がある。ボフダン·ブテンコは長い年月の間に、印刷技術を芸術の域にまで高めていった。表紙から奥付等の詳細に至るまで、一つひとつの本のデザインを行なった。児童書の挿絵という芸術への彼の貢献を主題に、いくつもの展覧会が開催されてきた。クラクフのブンキェル·シュトゥキ(Bunkier Sztuki)にて、近年では最大の展覧会が開かれた折、キュレーターは以下のように述べている:
彼のデザインにより、本は芸術作品になる。製本、タイポグラフィ、挿絵、写真といった全ての要素が、重層的な芸術の物語を作り出すのだ。
2009年にDwie Siostry(ドゥヴィェ·ショストリ, 二人姉妹)社により復刊された、1956年初版の本。
イェジー·ブロシュキェヴィチ『Wielka, większa i największa(大きな、より大きな、そして最大の)』、挿絵:ガブリエル·レホヴィチ

イェジー·ブロシュキェヴィチ『Wielka, większa i największa』、挿絵:ガブリエル·レホヴィチ
この本のタイトル「大きな、より大きな、そして最大の」は、物語の主人公、イカとグロシェクが次々と直面する、難易度の異なる3つの冒険や任務を指している。ある日二人は共同住宅の中庭にある、ぼろぼろの謎めいた自動車と交流を始める。この古いオペル·カピテーンは、実はとんでもない車だった。自分で動き、しゃべり、二人が謎を解いていくのを手助けする。型破りな物語を元にして、1962年には子ども向けの人気映画が生まれた。
この本の挿絵画家もまた、型破りな存在だった。ガブリエル·レホヴィチ(Gabriel Rechowicz, 1920-2010)は、アリーナ·アファナスィェフ(Alina Afanasjew, 1930-2018)、ヴァンダ·ホトムスカ(Wanda Chotomska, 1929-2017)、イェジー·フィツォフスキ(Jerzy Ficowski, 1924-2006)やヨアンナ·クルモーヴァ(Joanna Kulmowa, 1918-2018)を始めとする作家の本の挿絵を手がけた他、インテリアデザイン(「Dom Chłopa(農民の家)」パティオのモザイク、ワルシャワの食料·生活雑貨店「Supersam」の塗装デザインはレホヴィチ夫妻が担当した一例)や、映画の舞台美術(アンジェイ·ワイダ『すべて売り物(Wszystko na sprzedaż)』)においても同様の成功を収めた。
絵本『Wielka, większa i największa』の初版は1960年(Nasza Księgarnia社)。2012年にDwie siostry社により復刊。
ヤヌシュ·スタンヌィ『O malarzu rudym jak cegła(レンガのような赤毛の画家の話)』(Wytwórnia出版, 2013)

ヤヌシュ·スタンヌィ『O malarzu rudym jak cegła』、出典: http://wytwornia.com/index.php?s=karta&id=38
ヤヌシュ·スタンヌィは特筆に値するアーティストだ。ヘンリク·トマシェフスキの最も優秀な弟子の一人で、他の作家が書いた本の挿絵のほか、自らも本を執筆した。文学の才能が発揮されたのは、韻文で書かれた3冊の本、つまり『Baśń o królu Dardanelu(ダルダネル王のおとぎ話)』、『Koń i kot(馬とねこ)』、『O malarzu rudym jak cegła(レンガのような赤毛の画家の話)』だ。1961年刊行の『O malarzu rudym jak cegła』はWytwórnia(ヴィトゥフルニャ)社のウェブサイトで次のように説明されている:「これは素朴でユーモラスな本で、完璧に作られている。どの見開きページも、ひと目で物語の状況がわかるようになっており、まったく無駄のない線で組み立てられている。出版当時、50年は時代を先取りしていた非常に現代的な本で、今後もそうあり続けるだろう」。
1961年初版のヤヌシュ·スタンヌィ著『O malarzu rudym jak cegła』は、2013年にWytwórnia 社が復刊。同社はスタンヌィのもう一つのオリジナル作『Baśń o królu Dardanelu』も出版。
ヴィクトル·ヴォロシルスキ『Cyryl gdzie jesteś(ツィリル、きみはどこにいる?)』、挿絵:ボフダン·ブテンコ
ヴィクトル・ヴォロシルスキ『Cyryl gdzie jesteś』、挿絵:ボフダン・ブテンコ
二人の卓越したアーティストによる、長年の、そしてきわめて実り多い共同制作の例。ブテンコとヴィクトル·ヴォロシルスキ(Wiktor Woroszylski, 1927-1996)は幾度も一緒に仕事をし、『I ty zostaniesz Indianinem(そしてきみはインディアンになる)』(1960)や『Cyryl gdzie jesteś(ツィリル、きみはどこにいる?)』(1962)など、挿絵文学の名作を生み出した。これらは少し大きい、(少なくとも現代の観点で)ティーンエージャー以下の子どもに向けて書かれた、素晴らしい冒険小説だ。挿絵は文字で書かれた物語と知的に共鳴しつつ補完し、内容がさらに豊かなものとなっている。

ヴォロシルスキ『I ty zostaniesz Indianinem』、ブテンコの挿絵
これら2冊の本のほか、ヴォロシルスキは小説『Mniejszy szuka Dużego(チビがデカを探す)』(1975年に本を元にした映画版も制作)と詩のアンソロジー『Nastolatki nie lubią wierszy(ティーンエージャーは詩がきらい)』においてもブテンコと共同制作を行った。後者は、若者が好むだろうとヴォロシルスキが踏んだ20世紀の詩を集めたもので、1967年に出版された。ブテンコはグラフィックデザインを担当し、若い読者の興味を惹くため、コラージュ、切り抜き、新聞から破り取られた断片、糸くず、そしてガラクタが詰まった引き出しの中身まで用いている。
ヴィクトル·ヴォロシルスキ『Gabryś, nie kapryś(ガブリシ、いい子にしてね)』、挿絵:ヘンリク·トマシェフスキ

ヴィクトル·ヴォロシルスキ『Gabryś, nie kapryś』、挿絵:ヘンリク·トマシェフスキ
主役はまたしてもヴォロシルスキで、今度は幼い読者に向けた、いたずらっ子についての短い詩の作者として登場する。挿絵は非常に高名なグラフィックデザイナー·ポスター画家のヘンリク·トマシェフスキ。この小さな本のほかにも数冊、子ども向けの絵本を手がけている。「ポスターのポーランド派」の大芸術家、トマシェフスキの素晴らしい挿絵が施された、見事な詩だ。復刻版の出版社によれば、これは「気まぐれな子どもたちはもちろん、文学的·美的にうるさい大人も満足の、稀に見る一冊」。

ヴィクトル·ヴォロシルスキ『Gabryś, nie kapryś』、挿絵:ヘンリク·トマシェフスキ
2013年にDwie Siostry社により復刊されたヴィクトル·ヴォロシルスキ著、ヘンリク·トマシェフスキ画『Gabryś, nie kapryś』。出版社Webサイト掲載のイラストはこちら
ミェチスワフ·ピョトロフスキ『Zajączek szare uszko(うさぎの灰色の耳)』

ミェチスワフ·ピョトロフスキ『Zajączek szare uszko』
これも優れたオリジナル作品。ミェチスワフ·ピョトロフスキ(Mieczysław Piotrowski, 1910-1977)は卓越した作家、素描家、小説家、映画脚本家だが、十分な評価を得ておらず、ほとんど知られていないアーティストだ。文学·演劇批評家、詩人のアンジェイ·ファルキェヴィチ(Andrzej Falkiewicz, 1929-2010)は彼の非凡で実験的な散文を評価し、グラフィック·デザイナーのヤン·ムウォドジェニェツ(Jan Młodożeniec, 1929-2000)が、その繊細で見事な水彩画を絶賛している。ムウォドジェニェツはピョトロフスキの1976年の漫画作品『Zajączek szare uszko(うさぎの灰色の耳)』(副題は「これは絵小説?」)のファンでもあり、こちらはうさぎが恐ろしい狩猟家たちに出会う物語だ。『Ballada o Dentyście(歯医者のバラード)』(1966)と『Grzyby galopują na koniach(キノコの馬乗りギャロップ)』(1977)という、そのほか2冊の児童書においても、ピョトロフスキはその並外れた文学的·芸術的な才能を融合させ、素晴らしい作品を生み出している。

ミェチスワフ·ピョトロフスキ『Zajączek szare uszko』
アントニ·マリアノヴィチ『Raz czterej mędrcy(かつて四人の賢者がいた)』、挿絵:ヤヌシュ·スタンヌィ

アントニ·マリアノヴィチ『Raz czterej mędrcy』、挿絵:ヤヌシュ·スタンヌィ
ヤヌシュ·スタンヌィが、ここでは詩人·翻訳家·風刺家であるアントニ·マリアノヴィチ(Antoni Marianowicz, 1923-2003)による、子ども向けの詩への挿絵画家の役割を担う。マリアノヴィチは「無難な」詩の作者ではないが、『Raz czterej mędrcy(かつて四人の賢者がいた)』(1962)は子どもも楽しむことができる。不条理とナンセンスをこれでもかと競い合わせる、イギリス風ユーモアセンスの好例だ。同書に収録されている詩「Dziwny Pan(きみょうな紳士)」では、男性が頭に大きな壺を乗せ、コントラバスのケースを背負い、手には緑色のニシンを持っている。スタンヌィの挿絵の雄弁な線と形、色彩により、男の風変わりな様子が巧みに表される。
マリアノヴィチは、あらゆるものに意味を見出そうとする姿勢をからかう才能に秀でていた。純粋なナンセンス詩の愛好家で、イギリスの画家·詩人エドワード·リア(Edward Lear, 1812-1888)の詩や、『不思議の国のアリス』の翻訳者であるのもうなずける。
『Raz czterej mędrcy』(挿絵:スタンヌィ)は、Dwie Siostry社が2011年に復刊。
クリスティナ·ボグラル『Klementyna lubi kolor czerwony(クレメンティナは赤色が好き)』、挿絵:ボフダン·ブテンコ。
クリスティナ・ボグラル『Klementyna lubi kolor czerwony』、挿絵:ボフダン・ブテンコ
クリスティナ·ボグラル(Krystyna Boglar, 1931-2019)とボフダン·ブテンコの最も有名な作品と言えばもちろん、食いしん坊のカバ、グチョと、思慮深い犬、ツェザルが愉快な冒険を繰り広げる漫画、『Gucio i Cezar(グチョとツェザル)』だ。主人公は不思議な国を旅して回り、海賊、カウボーイ、宇宙ロケットや誘拐されたお姫さまに出会い、怪物や悪党と戦っていく。ボグラルとブテンコの漫画は最近、一冊の本にまとめられて復刊され、小さな子どもも(活字を読めさえすれば)また楽しむことができるようになった。
ボグラルは『Nie głaskać kota pod włos(ネコを逆なですべからず)』や『Każdy pies ma dwa końce(犬には両面がある)』を始め、子どもやティーン向けの小説を数多く書いており、ブテンコとは冒険推理小説『Klementyna lubi kolor czerwony(クレメンティナは赤色が好き)』においても共同制作を行った。
ブテンコはこの作品のタイトルとテーマを真っ向にとらえ、イラストにはほぼ赤一色を用いた。子どもたちはこの魅力的な小説のおかげで、夜の森や嵐のさなかに誰か見つけることができるのか、そして、大人を起こさずこっそり家から抜け出すにはどうしたらよいかを知ることができる。

クリスティナ·ボグラル『Klementyna lubi kolor czerwony』、挿絵:ボフダン·ブテンコ
『Klementyna lubi kolor czerwony』は2006年、Dwie Siostry社により復刊。
ズビグニェフ·バトコ『Z powrotem(元に戻る)』、挿絵:スタシス·エイドリゲヴィチュス

ズビグニェフ·バトコ『Z powrotem』、挿絵:スタシス·エイドリゲヴィチュス。出典: www.book.hipopotamstudio.pl
ズビグニェフ·バトコ(Zbigniew Batko, 1940-2007)とスタシス·エイドリゲヴィチュス(Stasys Eidrigevicius, 1949- )は『Z powrotem, czyli fatalne skutki czytania niewłaściwych lektur(元に戻る、すなわち不適切な読書の致命的な結果)』で共同制作を行い、素晴らしい効果を生み出した。リトアニアの卓越したグラフィックアーティスト、エイドリゲヴィチュス(1980年からポーランド在住)は数多くの児童書を手がけているが、その大部分は国外で出版されている。ズビグニェフ·バトコは英語作品の優れた翻訳家で、2007年に亡くなった。バトコにおいて『Z powrotem』は例外的な位置を占めており、この作家唯一の児童書であるとともに、2冊書かれた小説のうちの1つである。

ズビグニェフ·バトコ『Z powrotem』、挿絵:スタシス·エイドリゲヴィチュス。出典: www.book.hipopotamstudio.pl
『Z powrotem』は1984年にIskra(イスクラ)社から出版され、ルイス·キャロルの『不思議の国のアリス』と比較されることもある。主人公のうさぎが冒険を繰り広げ、自由な想像力を刺激する、ジョークの効いた物語だ。バトコは若干のナンセンスを含む絶妙なユーモアと、詩的·感傷的な描写にあふれ、子どもも大人も楽しめる小説を書いた。謎めいた雰囲気のエイドリゲヴィチュスの美しい挿絵が、素晴らしい文を引き立てている。
スタニスワフ·ヴィゴツキ『Odwiedziła mnie żyrafa(キリンがぼくを訪ねてきた)』、挿絵:ミロスワフ·ポコラ

スタニスワフ·ヴィゴツキ『Odwiedziła mnie żyrafa』、挿絵:ミロスワフ·ポコラ、出典:Dwie Siostry社
ミロスワフ·ポコラ(Mirosław Pokora, 1933-2006)もまたポーランドの挿絵芸術の黄金時代を代表する人物の一人で、ユダヤ系オーストリア人の児童書作家、ミラ·ローベ(Mira Lobe, 1913-1995)による『りんごの木の上のおばあさん(Die Omama im Apfelbaum)』(1965)の挿絵で知られる。ヴォロシルスキ(『Globus w proszku(粉々の地球儀)』)やヤニナ·ポラジンスカ(『Kozucha kłamczucha(うそつきひつじ)』)とも共同制作を行なった。1930年代にデビューした左派の詩人·作家で、ユダヤ文学·ドイツ文学の翻訳家でもあるスタニスワフ·ヴィゴツキ(Stanisław Wygodzki, 1907-1992)による唯一の児童書の挿絵も手がけている。『Odwiedziła mnie żyrafa(キリンがぼくを訪ねてきた)』(1967)は、ある首都の住人のところに不意にやってきて、彼の家を上から下までひっかき回す上品なキリンについての愉快な物語で、エレガンス、そして不条理なユーモアセンスとともに描かれる。訪問者であるキリンは、飲み物はガラスや磁器の器からしか飲まず、食べ物は細長いものしか食べない。普段は港で、荷積みクレーンとして働いている。
1967年初版のヴィゴツキとポコラの本は、Dwie Siostry社により2007年に復刊。
ルドヴィク·イェジー·ケルン『Mądra poduszka(かしこい枕)』、挿絵:ズビグニェフ·リフリツキ

ルドヴィク·イェジー·ケルン『Mądra poduszka』、挿絵:ズビグニェフ·リフリツキ、出典:http://www.book.hipopotamstudio.pl/?p=2387
ルドヴィク·イェジー·ケルン(Ludwik Jerzy Kern, 1920-2010)は絶妙のユーモアセンスで知られる詩人·風刺家で、週刊誌『Przekrój(断面)』末尾のコラム欄「Rozmaitości(雑録)」の編集を長年手がけた。数多くの子ども向け作品の作者でもあり、『すばらしいフェルディナンド(Ferdynand Wspaniały)』と『ぞうのドミニク(Proszę słonia)』〔邦訳は内田莉莎子〕は、どちらも有名な「ドブラノツカ(dobranocka)」〔ポーランド国営放送(TVP)で19時-20時頃に放映されていた15分程度の幼児向けテレビ番組で、「おやすみなさい」を意味する「dobra noc(ドブラノツ)」に由来。漫画やアニメ作品が主〕の原作となった。
詩『Mądra poduszka(かしこい枕)』(1977)ではウッチ(Łódź)の街を歩きまわる、すらりとした足のコウノトリや、馬車に乗るサイの家族があざやかに描き出される。サーカスさながらのこの本に、児童雑誌『Miś(クマちゃん)』の編集者を長年務めたズビグニェフ·リフリツキ(Zbigniew Rychlicki, 1923-1989)が、躍動感のある洒落た挿絵をつけた。リフリツキは何より、ポーランドの子どもに長年愛されてきたキャラクター、ミシ·ウシャテク(垂れ耳クマちゃん)を生み出した人物として知られる。1975年にドブラノツカ『おやすみ、クマちゃん(Miś Uszatek)』になった作品だ。
ヴィクトル·ヴォロシルスキ『Mamutek(マンモス)』、挿絵:ユゼフ·ヴィルコン

ヴィクトル·ヴォロシルスキ『Dużo śmiechu trochę smutku to historia o mamutku』、挿絵:ユゼフ·ヴィルコン、出典:Wytwórnia
「Dużo śmiechu trochę smutku to historia o mamutku(たくさん笑ってすこし悲しい、これは、マンモスの物語)」――ヴォロシルスキは、この実に、ちょっと悲しい物語をこう始める。マンモスはルテクという名前で、想像力が並外れて豊かなため、周りからは嘘つきで臆病者と思われている。けれども、氷河が迫ってきていることにいち早く気がつき、皆に逃げるように言ったのはルテクだった(ただ、彼の言うことを信じない者もいたので、かなり悲惨な結果を招く)。ヴォロシルスキのこの悲しい詩は、それでもたくさんの温かさと楽観的な要素、そして優しいユーモアを備えている。
この小さな本の挿絵は、動物を描くのに長け、作品の着想をよく自然の中に求める、巨匠ユゼフ·ヴィルコンが手がけた。ヴィルコンは非常に大きな絵筆、水彩絵の具、インクを用い、しばしば一筆でひと息に描く独特の画風で知られるが、ここでは少し異なるスタイルを提案している。絵はよりシンプルで、まるで洞窟壁画のようだ。それにもかかわらず、いかにも「ヴィルコンらしい」と言うにふさわしい作品である。
『Mamutek』はWytwórnia出版社が2009年に復刊。
児童書の名作(一部)はポータルwww.book.hipopotamstudio.plで
近年の子ども向けの挿絵はポータルwww.polskailustracjadladzieci.plで
執筆:ミコワイ·グリンスキ(Mikołaj Gliński)、2013年10月18日、改訂:2022年10月4日
日本語訳:柴田恭子(Yasuko Shibata)、2026年4月