ポーランド・ベーカリー ――伝統と創造の工房
ポーランドのベーカリーは、長い歴史と伝統に支えられた、ひとつの「機関」だ。そこではロールパン、菓子パン、ケーキやクッキー、惣菜パン、サンドウィッチをはじめ、数えきれないほどたくさんの種類のパンが、何でも売られている。世の中の習慣が変わり、朝食を家の外でとる人が増えるにつれ、パンの店はケーキの店と一体化し、ドリンク、ホットサンドや、お菓子を出すカフェにまで進化していく。とは言え、いちばん大切なのはパン、つまりピェチヴォ(pieczywo)。そうやって長年続いてきた。お客さんは、自分のお気に入りのピェカルニャ(piekarnia)(パン屋)にどのくらい長い歴史があるか、見当もつかないだろう。
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ワルシャワのプトゥカ・ベーカリー社長、ズビグニェフ・プトゥカ氏、写真:Bartosz Bobkowski / AG
たとえば2010年、ワルシャワの人気投票で1位に輝いたグジプキ(Grzybki)。そのミステリアスな名前(意味は「小さなきのこ」)は、クシシュトフ・チホフスキ(Krzysztof Cichowski)が1985年、ワルシャワのスタヌフ・ズイェドノチョヌィフ大通り(Aleja Stanów Zjednoczonych)に開いたこのベーカリーの店舗の、パビリオンのような建物の形に由来する。もっとも、創業者は彼ではなく、1927年10月31日にパン焼き職人の徒弟となった父親のヘンリク氏で、この日付は会社のロゴにも入っている。
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プトゥカ・ベーカリーのパンとケーキ、ワルシャワ、写真:Dawid Zuchowicz / AG
もうひとつのワルシャワの人気チェーン、プトゥカ(Putka)も、家族経営の長い歴史を持つ店だ。ここで働くパン職人は、なんと14代目。1918年、独立ポーランドの黎明期に、ヴワディスワフ・プトゥカ(Władysław Putka)がレンベルトゥフ(Rembertów)地区で創業、現在の本社はヴェソワ(Wesoła)地区。ワルシャワで展開する、もっとも大きく、近代的なベーカリーのひとつである。
他にも多くのポーランド・ベーカリーの父や祖父たちが、20世紀の間を通してパン工房を立ち上げてきた。ゴシュチンスキ(Goszczyński)、ミェジェイェフスキ (Mierzejewski)、ヴィタフチク(Witawczyk)という名は、ワルシャワで伝統的なパンを味わいたい人は覚えておこう。一方、新世代のパン職人も首都で活動しており、予約注文を通して、または決まった日にだけ手に入る彼らのパンは、ワルシャワで最先端の流行だ。
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ポフレブニェ・ベーカリー、ワルシャワ、写真:Marek Wiśniewski / Puls Biznesu / Forum
前もって注文すれば、週末、ポヴィシレ(Powiśle)地区にあるポフレブニェ(Pochlebnie)・ベーカリーで絶品のパンを受け取ることができる(ポテト・ブレッドと、きれいなオレンジ色をしたかぼちゃのサワードゥ――自然発酵させた酵母のパン――がおすすめ)。ジョリボシュ(Żoliborz)地区では、つい最近オープンしたモニカ・ヴァレツカ(Monika Walecka)の店、ツァワ・ヴ・モンツェ(Cała w Mące)つまり「粉だらけ」の前で、彼女の創作パンを買おうと、何十人ものお得意さんが並ぶ光景も。モニカはヒトツブコムギやエンマーコムギなど「古代の」小麦品種を使い、ゆっくり発酵させた手作りのパン種に味噌や黒ゴマ、ビールなどを混ぜてみて、さまざまな風味の実験をしているそうだ。
世界にひとつだけのパン
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パン工房ゴドゥヌィ(Godny)、伝統的なパン作り、写真:Łukasz Cynalewski / AG
パン屋さんに入ってまず感じるのは、その匂いだ――焼きたてのサワードゥ生地のように良い香りは、他のどこにもない。次に、びっくりするような種類に圧倒されるだろう。目に入るのは、数えきれないほどたくさんの大型パン。いちばん伝統的なのは、小麦粉とライ麦粉から作られ、ザクファス(zakwas)つまり酵母のほのかな酸味がある、イーストをまったく使わないパンだ。
ほかにもさまざまな種類がある。白くてふわふわのもの(たいていイーストを加えて焼かれる)や、ブランたっぷりでどっしりと重い全粒粉のパン。塩味のセイヴォリー・パン、バターとジャムをつけるのにぴったりのパン。けしの実やゴマがちりばめられたり、キャラウェイ・シードやクロタネソウで風味づけされたパンも。ほとんどは小麦とライ麦から作られるが、そば粉、キビ、スペルト小麦やオート麦を混ぜて焼かれたものもある。フライド・オニオン入りのパンにびっくりさせられたり、レーズンやクランベリーが練り込まれているのを発見することもあるだろう。
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ベーカリー「サム(SAM)」、ワルシャワ、写真:Bartosz Bobkowski / AG
伝統的なパンの中には、大部分のポーランド人にとってさえ謎の名前がある。小麦とライ麦で作られたバルトノフスキ(baltonowski)というパンの名が、ポーランドの船に食料を供給していたバルトナ(Baltona)社から取られたこと、またプィトロヴィ(pytlowy)つまり「篩(ふるい)の」パンが、小麦粉を精製してふるいわけるしくみであるプィテル(pytel)に由来すると知っている人は、ほとんどいないだろう。一方、すすんで他国の料理文化の伝統にならってパンを焼くポーランドのベーカリーでは、見事なフランスのバゲットや、イタリアのチャバッタも見つかる。
ポーランドでいちばん人気のある二つのチェーン店、ガレリア・ヴィピェクフ(Galeria Wypieków)(ベーキング・ギャラリー)とすでに紹介したグジプキでは、どちらも32種類の大型パンを提供している。そんなにたくさん、想像しがたいだろうか?いや、お客さんとパン職人どちらもが、色々な粉や実・種を使ったパンを試すのを心底楽しむポーランドでは、これが現実なのだ。
小型パン、菓子パン、それから…
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小型のパン、写真:Paweł Sonnenburg / Forum
これらのパンはほんの手始めで、小型パンの種類と言ったら!いちばん人気があるのはウィーンからやってきたカイゼルカ(kajzerka)、そして19世紀アメリカの食事改革者、シルヴェスター・グラハム(Sylvester Graham)考案のグラハムカ(grahamka)。一方、皮がぱりっとしたシュニトゥキ(sznytki)、ヘルシーな雑穀パンやバター風味のバーガーバンズ、ベーグル、はたまた、ほうれん草、オリーヴやチリが入ったパンなど……これまた、組み合わせは無限だ。
急ぎの場合、一部のベーカリーで、出来合いのサンドウィッチを買うことができる。ポーランド人はサンドウィッチ(オープンサンドの場合もある)をこよなく愛する。パンそのものと同様、サンドウィッチについても、ポーランド人は伝統を大切にしつつ、イノベーションに積極的だ。ベーカリーでは、ハムとチーズ、卵、ツナサラダのようなクラシックなサンドウィッチとともに、チョリソ・ソーセージやモッツァレラ・チーズなど世界の他の国からインスピレーションを受けたもの、またフムスや野菜パテを使ったヴィーガン・サンドも提供している。
そのほか、ぜひ試してもらいたいのはセイヴォリー(塩味)アイテム。いちばんの人気はパシュテチキ(paszteciki)で、折パイかイースト入りドゥで作られ、ザワークラウトとキノコ、ほうれん草、肉またはレンズ豆の具が詰められている。フライドチーズやガーリックバターの入ったロールパンがあったり、時には、ポーランド風の厚くてふわふわのピザをひと切れ買ったりもできるだろう。
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フレボテカ(Chleboteka)ベーカリー&カフェ。写真:Kornelia Głowacka-Wol / AG
パンとケーキはよく一緒に扱われるが、ガストロノミー論的には2つの異なる概念。パンはピェカルニヤ(piekarnia)、ケーキやお菓子はツキェルニャ(cukiernia)(菓子屋)で買うもの。この2つをつなぐのが、ポーランドで欠かせない、甘い菓子パンだ。誰もが知っているポンチュキ(pączki)のほかにも、皆に愛されているパンが数多く存在する。バニラ味のカスタードや甘くしたカッテージチーズ、けしの実ペースト、シナモンアップルなど、イースト生地の菓子パン(ドロジュジュフキ drożdżówki)バリエーションの豊かなこと。そしてもちろん旬の時期には、中に新鮮なブルーベリーやビルベリー(ヤゴダ jagoda)がいっぱいに詰められたヤゴジャンキ(jagodzianki)が頂点に輝く。
ベーカリーによってはこのへんでとどまるが、デザートモード全開で、ありとあらゆるケーキやクッキーを売るお店もある。シャルロトカ(szarlotka)(りんごのタルト)、上にシュトロイゼル(ソボロ上のカリカリした食感が楽しいトッピング)がかかった果物のタルトやイースト生地のフルーツケーキが人気なのはもちろん、ナポレオンカ (napoleonka)(ナポレオンパイ)、そしてチョコレートスポンジで生クリームをはさんだワルシャワ名物のヴゼトゥカ(wuzetka)など、各種のクリームケーキもめじろ押しだ。
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ジャチェク(Żaczek)菓子店の開店日、写真:Franciszek Mazur / AG
ポーランドのパン職人の創造力は、限界という言葉を知らない。伝統は大切だが、外国からインスピレーションを受けることにも躊躇しないのだ。最近の流行りは、ジョージアやアルメニアのハチャプリ、つまりチーズ入りパン。家族経営の人気チェーン店、ピヴォンスキ・ベーカリー(Piekarnia Piwoński)では、とても美味しいスペインのエンパナーダ(スパイスの効いた具入りのパン)やエンサイマーダ(マヨルカ発祥、ラードを使った渦巻き菓子パン)が手に入るが、それは経営者のひとりがスペイン人と結婚したためだとか。
ポーランドのパン職人は、常に新しいアイディアを探している。尽きることのない探究心は、ポーランド的な特徴とも言えるだろう。たとえばスウェーデン人はシナモンロールとあと二種類ぐらい菓子パンがあれば満足で、アイルランド人は、オート麦のソーダブレッドだけで十分。フランス人でさえ、いくつかの(すばらしい)バゲットとクロワッサンにとどまるのに、ポーランド人には、迷ってしまうぐらいたくさんのパンがある。わたしたちは、それらすべてをほしがるのだ。
執筆:ナタリア・メントラク=ルダ(Natalia Mętrak-Ruda)、2019年11月
日本語訳:柴田恭子(Yasuko Shibata)、編集:パヴェウ・パフチャレク(Paweł Pachciarek)、2023年10月
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