タトラ山地の妖怪たち
ポーランド南部にはこの国の最高峰、タトラ山脈がある。地元の民間伝承によると、タトラには奇妙きてれつな妖怪がたくさんいるらしい。といっても怖がることなし。虹色に輝くヘビ王、天気を操るプワネトニク、踊る死神3姉妹とその仲間たちを紹介しよう。
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カジミェシュ・プシェルヴァ=テトマイェル『タトラ山地の幻想世界』表紙、1906年。写真:国立ポローナ図書館
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1906年、カジミェシュ・プシェルヴァ=テトマイェル(Kazimierz Przerwa-Tetmajer;1865-1940)の素晴らしい本『Bajeczny świat Tatr(タトラ山地の幻想世界)』が出版された。この傑出した詩人・作家は、ポーランドのもっとも重要なモダニズム作家の一人。『Poezje(詩)』と題されたテトマイェルの詩集シリーズには、ショーペンハウアーやニーチェの哲学に影響を受けた退廃的・悲観的な作品が収められ、広く人気を博した。
実はテトマイェルは、ポーランド高地の民話に言及した著作によっても評価されている。彼はタトラ山地にほど近い、ポーランド南部ルヂミェシュ(Ludźmierz)の村で生まれた。10代の頃にタトラ山地を探検し始め、その後も探究を続ける。その結果、この素晴らしい地域の文化について豊かな知識を得て、1914年の著作『Na skalnym Podhalu(岩山のポトハレ地方で)』や前述の『タトラ山地の幻想世界』等の本に書くようになった。後者はタトラ山地の民話を描き、宗教的な信仰とともに架空の生き物もテーマにしている!
テトマイェルによると、ポーランド第一の標高を誇る山地の息を呑むような風景が、そこに住む人々にインスピレーションを与え、幻想的な生き物を生み出したという。
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誰もが記憶しているように、山地は他の場所では遭遇できない、並外れた、限りなく多様なイメージを目の前に繰り広げることで〔…〕人間の心をとらえ、能力や創造性を引き出し、想像力をかきたててきた。荒く激しい風が吹く、雨混じりの日に山頂や峠から眺める時、霧が行列をなすように谷間や峡谷を漂い、砕けた岩が散らばる牧草地へと流れていく時――そこになんと多くの幻影、形、人影や場面が出現することだろう。
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(カジミェシュ・プシェルヴァ=テトマイェル『タトラ山地の幻想世界』)
『タトラ山地の幻想世界』で、テトマイェルはタトラ高地人の創造力によって生み出された、たくさんの架空の存在を描き出している。おとぎ話の時代にタトラ山地に住みついたこの幻想的な生き物たちを、以下にいくつか見てみよう。
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アルトゥル・オップマン(Artur Oppman)『羊飼いとヘビ王の伝説(Baśń o Juhasie i o Królu Wężów)』の挿絵、1929年。写真:国立ポローナ図書館
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まず、間違いなくタトラ山地でもっとも偉大な架空の生き物の一つ、ヘビ王から始めよう。これは何度も繰り返し出版されてきた、有名なタトラの伝説の怪物。テトマイェルの本以外にも、たとえば1905年、カジミェシュ・ワプチンスキ(Kazimierz Łapczyński;1823-1892)によって書かれた『Baśń tatrzańska o Królu Wężów(ヘビ王についてのタトラのお伽話)』に登場する。
ヘビ王は頭上に冠を戴いた巨大なヘビで、腹心の部下である「黒い騎士」たちにタトラの村々を襲撃させ、若い娘をさらっていた。しかしある日、母親が魔法の真珠を食べたために(なんとも奇妙なことに)妊娠して生まれたという、勇敢な英雄ペルウォヴィチ(Perłowicz)が、この怪物に戦いを挑む。いくつもの冒険を経て、ペルウォヴィチはヘビ王を倒すことに成功し、ヘビと黒い騎士たちを地下の洞窟へと追い払った。
Text
ヘビたちは自らの王を有した。ヘビ王は巨大な岩山に巻きつくことができるほど大きく、その鱗はあらゆる色に輝き、頭には金色の冠が載っていた。〔…〕人々はしばしばヘビ王が日の光を浴び、身体を温めているのを見かけた。その時、ヘビは全身を輝かせ、まるで岩の上に横たわる虹のように見えた。
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(カジミェシュ・プシェルヴァ=テトマイェル『タトラ山地の幻想世界』)
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タトラ山地のモルスキェ・オコ湖。写真:Jan Włodarczyk / Forum
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次の妖怪も、ヘビ王と同じく巨大な動物だ。テトマイェルによると、タトラ地方でもっとも絵になる美しいスポットの一つ、モルスキェ・オコ(Morskie Oko)〔直訳すると「山の眼」〕湖には、巨大な魚が住みついていた。
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モルスキェ・オコ湖には雄羊の頭を持った巨大な魚がいて、黒い羊たちを獲物にしていた。この魚の頭には、目の間に巨大なダイヤモンドがあったそうだ。これは亡くなったヴォイテク・サメク(Wojtek Samek)が教えてくれた。子どもの頃に私が聞いた話では、彼は「この魚を撃った」そうだ。
Author
(カジミェシュ・プシェルヴァ=テトマイェル著『タトラ山地の幻想世界』)
ただ、付け加えると、テトマイェルは続けて、この怪物が実は……カワウソだったかもしれないと推測している。誰かがモルスキェ・オコ湖を泳いでいるカワウソを見て勘違いした可能性があり、おそらくそこからモルスキェ・オコの魚の話が生まれたのだろう。
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コシチェリスカ渓谷のピサナ岩。写真:Jerzy Opioła / Wikimedia.org
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次に登場するのは、これまたタトラ山地の水場に住む生き物。テトマイェルは、ピサナ岩(Skała Pisana)の下にある池には、珍しいアヒルが住んでいると書いている。このアヒルは毎年、金の卵を一つ産む!とは言え、この池に辿り着いた者は誰もいないのだが……。
堂々たるピサナ岩はコシチェリスカ渓谷(Dolina Kościeliska)にあり、高さはおよそ12メートル。確かに、岩のふもとには洞窟があり、一部に水がたまっていて、そこから小川が流れている。この洞窟は他のいくつかのタトラ伝説ともつながりがある。昔、ある盗賊の一団がここに黄金の掠奪品を隠したと言う人もいる。とすると、貴重な金の卵は、ピサナ岩に隠されている唯一の宝物ではないようだ。
また、有名な伝説によれば、ピサナ岩の洞窟には「眠れる騎士たち」がいるらしい。彼らは悠久の眠りにつきながら、ポーランドの救援に駆けつけるべく、その時を待ち続けている。この伝説に敬意を表し、1896年、彫刻家ユリウシュ・ベウトフスキ(Juliusz Bełtowski;1852-1926)が、洞窟の入り口上部の岩に、眠れる騎士の姿を彫りつけ、これは今も見ることができる。ただ、眠れる騎士伝説の他のバージョンでは、この洞窟はタトラ山地のギェヴォント(Giewont)山のどこかにあるということだ。
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ヴワディスワフ・オルカン(Władysław Orkan)『プワネトニクの話――小品物語選(Opowieść o płanetniku. Wybór nowel)』、1926年。写真:国立ポローナ図書館
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水にまつわるもう一つのタトラ伝説の存在、プワネトニク(płanetnik)〔プワネタ(płaneta)は雨雲の意〕は、雨、雹(ひょう)やお天気一般をコントロールできる悪魔。テトマイェルはこれを「もっとも興味深く、幻想的なタトラ山地のファンタジーの一つ」と呼んだ。
プワネトニクには色々種類があるが、たいていは麦わら帽子をかぶり、水がしたたる外套を着た男性として思い描かれる。プワネトニクは雨雲を引きずって空に広げ、雹がいっぱいに詰められた袋から中身を取り出し、地表に撒き散らす。この悪魔は、特定の人間との関係によって意地悪にもフレンドリーにもなる。もしプワネトニクがある村を気に入らない場合、雹を降らせて村の作物を台無しにすることもできる。一方、村人を自分の友達とみなした場合は、彼らのことを守ってやるだろう。
時折、プワネトニクは空から降りてきて、人々とともに時間を過ごしたりもする。『タトラ山地の幻想世界』で、テトマイェルは、水車小屋に住むようになったプワネトニクが、ソバネク(Sobanek)という小屋の働き手の一人から定期的に食べ物をもらったという、素敵な話を紹介している。親切へのお返しに、悪魔はいつも、ソバネクに雨が降る時を教えてやっていた。プワネトニクはそれから水車小屋を後にし、雨雲を空一面に広げる本来の仕事に戻ることになる。地上を去る前、そのうち水車小屋を襲うことになっていた特に危険な雨雲について警告し、ソバネクが前もって準備できるようにしてやった。
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ヤン・スティフィ(Jan Styfi)《ヂヴォジョナ》、週刊誌『Tygodnik Ilustrowany(週刊絵入新聞)』の挿絵、1864年。写真:Antykwariat Biz / wikimedia.org
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プワネトニクが意地悪にもフレンドリーにもなったのに対し、次に取り上げるのは、どこまでも邪悪な存在。「ヂヴォジョナ(dziwożona)」〔野生の女(dzika żona)。żonaは「妻」だがここではkobieta(女)を意味する〕は生まれたばかりの赤ちゃんや若い娘をさらう、悪意のある女悪魔だ。テトマイェルは、タトラ山地にはヂヴォジョナがたくさんいたと書いている。
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ヂヴォジョナは塚の上や小川のほとりの穴、山の牧草地の裂け目などに住んでいた。裸で歩き回り、女性と似ているが、非常に醜く、毛深くて、髪は乱れ、眼は石油ランプのように輝いた。〔…〕頭には赤い帽子か、キンポウゲの花輪をかぶっていた。
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(カジミェシュ・プシェルヴァ=テトマイェル『タトラ山地の幻想世界』)
ヂヴォジョナは赤ちゃんや女性を誘拐するだけでなく、盗みを働くことでも人々を悩ませた。この女悪魔は楽器、ジャガイモやビールなど、ありとあらゆるものを盗むことで知られていた。牛や羊などの家畜からもミルクを吸い取ったという。
ヂヴォジョナは危険な存在だったが、大きな弱点を持っていた。ホタルブクロの花〔キキョウ科で、釣り鐘型の花をたくさんつける。ポーランド語では「鐘」も意味するヅヴォネク(dzwonek)、英語はベルフラワー(bellflower)〕を恐れたのだ。手にホタルブクロの花を持つか、この花が生えている牧草地に入れば、彼女たちを追い払うことができた。テトマイェルは、ヂヴォジョナを「タトラ山地人が生み出した、完全に独創的な想像力の産物」と呼んでいる。
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タトラ山地のブロッケン現象。写真:Wojciech Strozyk / Reporter / East News
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この他にも、修道士の姿で若い娘を誘拐し、タトラ山地の断崖へと連れ去るという、邪悪な存在がいる。テトマイェルによると、この修道士は、山麓で洪水が起こる直前に姿を現す。タトラ山地を散策する人々は時折、谷や湖の上を漂う霧の中に、この修道士を見かけるという。
調べてみると、これはブロッケン現象として知られる錯覚と関連しているようだ。ブリタニカ百科事典は、この不思議な視覚現象を次のように説明している:
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太陽の位置が低い時、観察者が立っている山の下にある雲の上部に、観察者自身の影が非常に拡大されて見える現象。影の大きさが拡大されて見えるのは錯覚。〔…〕この現象は山頂でしばしば観察されるが、文献上では、特にドイツのハルツ山地のブロッケン(Brocken)山について記録されている。
実はポーランドではブロッケン現象自体がよく「修道士」と言われており、霧の雲の中に見られる存在についての民話も、おそらくこの錯覚現象に由来しているのだろう。ちなみにポーランドの伝説では、旅人が修道士(ブロッケン現象)に出くわすと、山の中で死んでしまうらしい。この呪いは、山道をそのまま進み、修道士をあと2回見るようにすると解くことができる。そうすれば、山の旅も安全になる!
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ゴルツェ山地のパノラマ。写真:Marek Podmokły / AG
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『タトラ山地の幻想世界』には、前述の邪悪な霊以外にも、修道士と関連する架空の存在が登場する。テトマイェルは、木の幹から現れるという修道士の霊について書いている:
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ツェンティルズ(Centyrz)山には〔…〕巨大な木の幹があり、夜になるとそこから、白い僧服を着て頭巾を被った、修道士の姿をした霊が現れた。足を地に着けた瞬間、彼は白いキノコのように小さいのだが、素早く大きくなって、あっという間に若いトウヒほどの背丈になった。
実はツェンティルズ山は、タトラ山地から北に30キロほど離れた、ゴルツェ山地(Gorce)にある。テトマイェルはこの二つの地域が近いため、ゴルツェ山地の信仰についても言及することにしたのだろう。ツェンティルズ山の幽霊は、修道院を放棄し、大罪を犯した修道士の霊とされている。ならず者一団の手にかかって死んだ後、彼の幽霊は、聖職者の罪を贖うため、この世にとどまるよう命じられた。この霊が現れるのは稀で、遭遇した人に危害を加えることもなかった。ある日、敬虔な男がこの幽霊に出くわし、「すべての霊よ、主を讃えん!」と叫んだ。それに応えて修道士の霊は、「私もまた主を讃える」と言った。その後、霊は消え去り、2度と姿を現さなかった。
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ベルント・ノトケ(Bernt Notke)《タリンの死の舞踏(Danse Macabre)》の細部、1475-1499年。写真:エストニア美術館 / wikimedia.org
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ツェンティルズ山の幽霊と同様、「死神3姉妹」も夜に出現する。この三人組は、タトラ山地の荒野をさまよい歩いた。彼女たちが恐れられたのは、人々に有無を言わせず……踊らせたから!もし三人の死神に捕まったら、野生の茂みやジュニパー(ニワトコ)の低木の中、夜通し踊らなければならない。このダンスは、嫌々踊る人を死ぬほど疲れさせる、まったくもって不愉快なものとされている。言うまでもなく、夜が明けるまでに、かわいそうな踊り手の靴や着ている物は、激しい動きのせいで台無しになってしまう。地獄のダンスの最中、死神たちは歌を歌う:
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われらは死の姉妹
母なしに生まれてきて
人間種を絞め殺す
われらを造った父は神
人々はおっかなびっくり、死神3姉妹を遠くから観察した。三人組が行くところでは、必ず誰かが死ぬことになっていたという。残念なことに、テトマイェルは、三姉妹がどのような姿をしていたかは描写していない。
ルーカス・クラナッハ(父)(Lucas Cranach;1472-1553)《狼男(Der Werwolf oder der Kannibale)》、1512年の白黒挿絵。写真:ゴータ公国美術館
妖怪リストを締めくくるのは、有名な怪物。タトラの狼男は、他の地域の狼男とあまり変わらない。呪いのため、時折、狼と人間の混ざった凶暴な生き物に変身する人々だ。この呪いは重大な罪を犯したことに対する一種の罰だったという。タトラの狼男に変身する人物は、身体は人間のままだが、頭は狼だった。
テトマイェルは、人間がタトラの狼男に変身する様子を、興味深い方法で描写している。
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この狼人間は、変身する時がやってくると切り倒された木の切り株に上り、そこから飛び降りる際、空中で宙返りをする。すると狼男になった。
タトラの狼男は人間や家畜を襲い、殺してしまうこともあるため、恐れられていた。
『タトラ山地の幻想世界』では、テトマイェルは他にもいくつか、架空の存在について書いている。吸血鬼のスチュシゴン(strzygoń)やいたずら好きの魔女、ボギンカ(boginka)などだ。ここまで読んで信じられない人も、タトラ山地に行けば、この記事に書かれている幻想的な妖怪たちのいくつかを(安全に)見つけることができるかも!
執筆:マレク・ケンパ(Marek Kępa)、2021年7月
日本語訳:柴田恭子(Yasuko Shibata)、2024年8