ポーランドの根菜
根菜はポーランド料理において特別な位置を占めている。寒さに耐えて保存がしやすく、何世紀にもわたって栄養素・ビタミンの重要な供給源となってきた。スープやシチュー、サラダ、炒め煮やオーブン焼き、そして生のまま。さまざまな方法で食べられる、最も一般的なポーランドの根菜を見てみよう。
ビーツ
「チフィクワ」。写真:East News
ビーツと言うと、真っ先に連想されるのは赤い「バルシュチュ(barszcz)」とそれに関連する料理だが、「肉と2種の野菜料理」で構成されるポーランドの正統派「オビャト(obiad)」〔昼食または夕食。1日の中心となる食事〕によく登場する、一般的な野菜でもある。ビーツは普通、ゆでてからおろし金ですりおろし、ルー〔小麦粉をバター等、同量の油脂分を合わせたもの〕とサワークリームでとろみをつけ、温かく調理したり、おろしたりんごと玉ねぎ、またはそのどちらかを加え、冷たいサラダにしたりする。人気がある「チフィクワ(ćwikła)」はビーツにホースラディッシュを加えた料理で、ハムやゆで卵とよく合う。現存する最古のレシピはルネサンス期の偉大な詩人、ミコワイ・レイ(Mikołaj Rej, 1505-1569)によって書かれたもので、1567年に遡る。現在、ビーツには、その他たくさんの用途がある。免疫力を高めたり消化を促進させるため、発酵させたビーツのジュースを飲んだり、美しい鮮やかな赤色を生かし、薄切りにして見事なベジタリアン・カルパッチョを作ったりする。また、ビーツを入れたチョコレートケーキは、驚くほどしっとりと焼き上がる。
「イタリア野菜」
「イタリア野菜」。写真:Katarzyna Bednarczyk / AW
果物や野菜を売る屋台・ブースがひしめくポーランドの八百屋「ヴァジヴニャク warzywniak」に行くと、季節に関係なく必ず置かれている、ユニークな野菜の束が目に留まる。にんじん、パセリ根、セロリ根とポロネギが、ひとまとめになって売られているのだ。その呼び名「ヴウォシュチュズナ włoszczyzna」の直訳は「イタリアのもの」で、イタリアからやって来たポーランド女王、ボナ・スフォルツァ(Bona Sforza, 1494-1557)に由来する。伝説によれば、ボナ・スフォルツァはポーランド王ズィグムント1世(Zygmunt I Stary, 1467-1548)と結婚する際、故国イタリアからポーランドにたくさんの野菜を持ち込んだという。イタリアでは実は、セロリの根もパセリの根も一般的な野菜ではなかったのだが、彼女のおかげでこの名前が定着することになった。これらの野菜はみな、伝統的なポーランドのチキンスープ「ロスウ(rosół)」やその他の出汁、そして野菜サラダ(sałatka jarzynowa)を作るために必要だ。この野菜サラダはポーランドで1番人気のあるサラダで、ゆでた根菜とりんご、エンドウ豆をマヨネーズで和えて作り、特別な機会にはほぼ必ず食卓に登場する。
にんじん
にんじん(ポーランド語では「マルヘフmarchew」と言う)は世界の他の国々と同様、ポーランドでも非常に愛されている。粗くおろした生にんじんとりんごのサラダは最も人気のあるサラダの一つで、ホースラディッシュを加えてピリッとさせることも。生にんじんのサラダはオビャトの第二皿の常連で、肉料理やじゃがいもと一緒に供される。エンドウ豆とにんじんをゆで、ルーでとろみをつけたものは、付け合わせの温野菜としてよく登場する。地域独自のにんじん料理もあり、ポーランド中北部、クヤヴィ(Kujawy)地方の「マルヘフ・クリハノ(marchew krychano)」はゆでたにんじんとじゃがいもをつぶし、炒めた玉ねぎと「スクファルキ(skwarki)」〔豚の脂身やベーコンの細切りを炒めてカリカリにしたもの〕を添えたもの。東部、ルブリン地方の「ケシの実入りマルフヴィャキ(marchwiaki z makiem)」はゆでたにんじん、ケシの実と砂糖で作った具を詰めた甘いピエロギだ。ポーランド南部、マウォポルスカ地方のメントゥクフ(Mętków)の「マルフヴィョンカ(mętkowska marchwionka)」は、ミルクで煮たにんじんのスープ。
パセリ根
パセリ。写真:Damian Klamka / East News
イギリスを始めとする西欧諸国ではカブがかなり人気だが、ポーランドではほぼ完全に忘れ去られ、代わりにパセリの根(ピェトルシュカ pietruszka)がよく使われる。料理の中心的な存在になることは稀だが、スープに用いられ、ピュレにしたりもする。ポーランド料理において、パセリ根はごく早い時期から非常によく使われて来た。スタニスワフ・チェルニェツキ(Stanisław Czerniecki, 1645-1698)によるポーランド最古の料理書『Compendium Ferculorum(料理大全)』(1682)でも、さまざまな出汁やソースの材料として用いられている。「ni z gruszki, ni z pietruszki(梨からでもパセリ根からでもない)」は、予期せず何かが突如として現れ、理由がわからない状況を表す言い回しだが、ここからインスピレーションを得たシェフたちが「ポーランドの梨とパセリ根のスープ」を考案し、今では人気となっている。
キクイモ
キクイモ。写真:Diez, O. / Arco Digital Images / Forum
ポーランド語ではキクイモは「topinambur」と言い、古くから知られて来た。前述の『Compendium Ferculorum』はこの「topinambur」を肉料理や野菜料理の材料に加えるよう勧めている。ポーランド最後の王スタニスワフ・アウグスト・ポニャトフスキ(Stanisław August Poniatowski, 1732-1798)の宮廷料理人、パウル・トレモ(Paul Tremo, 1733-1810)は、この野菜をバター・レモンを加えたブイヨンソースを添えて供した。ただ当時、皆がキクイモを好きだったわけではない。18世紀の作家たちは、その味を「まずい」また「トコジラミのような恐ろしい臭い」がするとまで表現している。一方、19世紀には、べジタリアン料理の信奉者たちが健康上の理由から推奨し、「非常に美味で、繊細、かつ安価な野菜」と称えたそうだ。キクイモは、パン粉をつけて揚げたり、パルメザンチーズ、トマトソースまたはキノコソースでオーブン焼きにしたり、フランス風にビネグレットソースをかけて出されていた。ここ1世紀ほどは食卓から消えてしまった食材だが、近年、少しずつ復活を遂げている。
執筆:ナタリア・メントラク=ルダ(Natalia Mętrak-Ruda)、2023年5月10日
日本語訳:柴田恭子(Yasuko Shibata)、2025年11月