身体から幻想へ――世紀の変わり目のポーランド視覚芸術
ポーランド現代美術の重要な節目は1989年であり、その後起こった体制・文化の変化である。アーティストたちの変化への反応は、しばしばスキャンダルを引き起こしたが、敏感なバロメーターたる美術は、常に公のディスカッションより一歩先を進んできた。
批評的美術、または身体と歴史
……という名で定義されるのが、グジェゴシュ・クラマン(Grzegorz Klaman)、カタジナ・コズィラ(Katarzyna Kozyra)、ズビグニェフ・リベラ(Zbigniew Libera)、ロベルト・ルマス(Robert Rumas)、アリツィヤ・ジェブロフスカ(Alicja Żebrowska)、アルトゥル・ジュミイェフスキ(Artur Żmijewski)などの創作である。これらの美術家は、一般に受け容れられている風俗・文化・宗教的規範に、前例のないほど率直かつ攻撃的に疑問符を投げつけ、その偽善と抑圧的な性格を暴いてきた。彼らのヴィデオ作品やインスタレーションは、社会生活の禁忌であり神聖でもある領域を素材にするが、観客を揺さぶり、思考を促し、自然であるかに見えるものが実は文化的な構築物であることを暴くことがその目的である。それによって、1990年の批評的美術は、しばしば風俗的スキャンダルの張本人とされ、より広い層の大衆やメディアの関心を集めてきた。
批評的創作の中核にあるのは、道具・表現手段としての身体である。ここで想起できるのは、カタジナ・コズィラの作品(『浴場』1997年)だ。作者は隠しカメラを用いて、美の反理想=入浴中の女性の魅力に乏しい身体を提示する。アルトゥル・ジュミイェフスキは、『散歩に』(2001)『歌のレッスン』(2001)などの作品で、傷つけられている/病んでいるが故に社会的に疎外されている身体の問題を提起した――彼は身体の動きが麻痺している男性の歩行や耳の不自由な子供たちの歌唱の試みを記録したのだった。カルト的作品『レゴ――強制収容所』(1996)の作者ズビグニェフ・リベラは、9歳児のためのリアルなボディビル・マシンや男性器引き伸ばし器を作った(連作『修正機械』、1995年)。それによって、消費文化が身体をどのように扱っているかを見せたのである。それとは別種の、ポーランドの狂信的カトリック信者の間で形成されているアイデンティティに関心を示したのが、聖人像と現代人の男女の半裸の身体を並置してみせたロベルト・ルマス(『身ぶり』1993年)である。
アーティストのミロスワフ・バウカ(Mirosław Bałka)は、まったく異なるアプローチを行う。彼は、記憶の役割と消されつつある歴史の痕跡、特にホロコースト・第二次世界大戦と関係のある歴史と対峙する。ヴィデオ・インスタレーション『Winterreise(冬の旅)』(2003)において、バウカはホロコーストの場所の記憶と痕跡の意味について問いかける。作品を構成する3本の映画を、アーティストはブジェジンカ(ビルケナウ)強制収容所を冬に訪れた際に撮影した。映像に写されているのは、犠牲者の焼却された遺灰が撒き捨てられた湖であり、のんびりと歩き回って、強制収容所を取り囲む鉄条網に近づいていくノロジカである。批評的実践は、1989年以後の美術におけるもっとも強力な流派であり、後の美術家たちの創作に顕著になっていったものを名づけるさまざまな方法を総括する名称となった。
「ウァドニェ(Ładnie、美しく」集団、または「現実との和解者たち」
世紀の変わり目に話題になったのは、ポーランド美術の重点が、ポスト共産主義状況への英雄的な批評と不同意から、文化の現状とのより皮肉で両義的な戯れの方向に移ってきたことだった。アーティストたちは、あたかも現実に和解したかのようで、はっきりと思想的な立場をとりつづけるのを嫌がった。この流れを代表するのは、「ウァドニェ(Ładnie、美しく」集団(ヴィルヘルム・サスナル/ Wilhelm Sasnal、ラファウ・ブイノフスキ/ Rafał Bujnowski、マルチン・マチェヨフスキ/ Marcin Maciejowski)の作品である。彼らは、絵画、ポップカルチャーやキッチュ、日常を援用した。その作品は、社会操作の道具としてのマスコミや消費を批判した。
しかし、記憶しておかなくてはならないのは、1990年の批評的美術作家においても、ズビグニェフ・リベラの『Universal Penis Expander(万人用男性器引き伸ばし器)』のように、文化的に強制されたモデルの抑圧性について、軽やかに距離を置いて語る作品がみられたことである。より若い世代の作品の中には、同様の問題を扱い、かつ、メディアや社会的に賛否両論を引き起こす作品が見出される――キリスト教の十字架と男性生殖器を並置したドロタ・ニェズナルスカ(Dorota Nieznalska)『受難』(2001)などだ。
アルトハメルとその他の美術家、または幻想の方へ
同じころ、多くのアーティストは、現実と戯れることを可能にする幻想の概念に、洗練されていてかつ皮肉な手法で関心を示しつづけていた。これらのアーティストに関しては、感情・精神性・語りへの回帰を指摘することができる。1960-70年代のポーランド概念美術に強い存在感を刻んでいた想像の概念を甦らせたアーティストに、パヴェウ・アルトハメル(Paweł Althamer)、ツェザルィ・ボジャノフスキ(Cezary Bodzianowski)、オスカル・ダヴィツキ(Oskar Dawicki)、ロベルト・クシミロフスキ(Robert Kuśmirowski)、パウリナ・オウォフスカ(Paulina Ołowska)、ヤネク・シモン(Janek Simon)、フリスティアン・トマシェフスキ(Christian Tomaszewski)、ピョトル・ウクランスキ(Piotr Uklański)がいる。一例として、パウリナ・オウォフスカの作品『アルファベット』(2005)を取り上げよう。作者は1920年代にカルル・テイゲが作ったアルファベットを援用し、前衛美術の美学と戦略をコピーする。一方、ロベルト・クシミロフスキは、オブジェと空間の全体を完璧に複製することで(私たちはそれらを、過去における真実の場所と区別することができない)、世界を経験するに際して、私たちは過去について想像に頼るほかない、それらは私たちにとって、現実や歴史的真実よりリアルであることを示している(『貨車』2006年、『無題(紙幣)』2004年)。
1960-70年代の美術への関心――そこに未来についての物語が織り合わされている――の根強さがいまだに観察される近年、これまでに用いられてきたがポーランドにおける現代美術という現象を記述するのに、いかに不適切になりつつあるかが明らかにされつつある。それらは、多様な芸術的姿勢・概念・思想、さらには、各美術家の創作が発展していくダイナミズムを捉えることすらできなくなっているのである。
出典:「2000年以後のポーランド美術における新しい現象」(グジェゴシュ・ボルコフスキ、アダム・マズル、モニカ・ブラニツカ編)、culture.pl、独自の資料
執筆:アグニェシュカ・スラル(Agnieszka Sural),2013年4月15日
日本語翻訳:久山 宏一
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