聖アダルベルト(聖ヴォイチェフ、957頃-997)は、ポーランドへカトリックをもたらしたカトリック教会の聖人としてポーランドでも広く知られ、尊敬を集めています。異教徒の手にかかって殉教、遺体は同じ重さの金と交換でボレスワフ王によって取り戻されたという、この聖人をモチーフとし、頭部や手足の先を切断された遺体が水平に取り付けられ、赤い斧が振り下ろされようとしています。遺体からはネオン管でできた水滴がしたたり落ち、地面からはライ麦が芽生えます(種をまき、会期中に育ちました)。本作の制作当時はポーランドが民主化される以前であり、赤い斧に象徴されるような、共産主義政権による弾圧と犠牲、そこから新たな実りがもたらされる予感などが、歴史上の聖人の犠牲と重ね合わさり、また「芸術と環境」展においては、エコロジー概念、とりわけ精神のエコロジーであるエコ・ゾフィーについての考察を促す、象徴的で重要な作品の一つでした。《石鹸の通路》は、12m続く通路を作って、そこに作家の身長の高さまでポーランド製の石鹸を塗りました。通路の幅は作家が手を広げた長さと同じです。石鹸は人が生まれた時に産湯をつかい、また亡くなった時に遺体を清めるまで、人生の最初と最期に出会う素材であり、清潔を保つための重要で身近なものですが、バウカにとっては、それは第二次世界大戦中に、ホロコーストで犠牲となったユダヤ人たちの遺体の脂肪から作られた石鹸という恐ろしいエピソードを思い起こさせる素材でもありました。日本での展示にあたっては、清潔・清浄と結びつくイメージも、ホロコーストを連想させるイメージもいずれとも限定せずに素材が用いられましたが、ユダヤ人の遺体から作られた石鹸というエピソードについてはパネルで掲示し、ナチス・ドイツがエコロジーに傾倒していた皮肉や大虐殺という犯罪についても考えるきっかけをもたらしました。天井から吊るされ斜めに傾いた椅子が印象的な作品《φ51x4, 85x43x49》も、本展覧会のために制作された作品す。台所で使われていたような古びた椅子が天井からビニールチューブでつるされ、椅子の座面には穴があき、背もたれに二つの鉄の輪、足元には塩を入れた鉄の円に二か所穴が開いています。この穴は、両手、両足、首を固定するための、中世の拷問器具が連想され、椅子が吊るされている様子からは首つりも連想される一方、どこか懐かしい木製の椅子は懐かしさも呼び起こし、恐ろしい迫害と懐かしさの両義的なイメージが伝わります。
ミロスワフ・バウカ《Michelangelo Buonarroti Reading》2004年、ビデオ・インスタレーション ©Mirosław Bałka、作家提供。写真:ウャズドフスキ城現代美術センター(ワルシャワ)
2000年に国立国際美術館で開催した彼の個展「近作展24ミロスワフ・バウカ〈食間に〉」では、人々が食事と食事の間に様々な活動を行っている-愛を交わすし、戦争もする、というコンセプトを掲げ、日常生活生と死や戦争や災害が決して遠い存在ではなく、実は連続しているということを示す会場となりました。新聞の訃報記事を集めて輪を繋ぎ、会場に展示することによって、個々の具体的な死の知らせが毎朝家庭に届けられ、日々の生活と隣り合わせであることが示されたり、展覧会に先だって実施された子どもとのワークショップ「あなたは何が怖い?」で子どもたちが描いた様々な「怖いもの」(1995年の阪神淡路大震災から5年後で、地震の恐ろしさが描かれるケースも多く、その他、蜘蛛など具体的な恐怖の対象や、漠然とした恐怖を描く子どもたちもいました)と、バウカ自身が恐怖を感じる、第二次世界大戦におけるナチス・ドイツのユダヤ人大虐殺の現場、マイダネック強制収容所で用いられたガス室(「シャワー室」という名称)の床(展覧会場の床に簀の子を敷き、その間に塩を敷き詰めたもの)とを併置したりして、より具体的に生と死との連続性が示され、戦争の恐怖が遠い過去のものではなく、私たちの日常とも関連することが実感されました。また《吊された石鹸》(原題《480×10×10》、現在はテートモダン所蔵)の制作にあたっては、あらかじめ、使い古した石鹸を広く募集し、集まった5000個余りの中央に穴を開け、男、女、共用と使用者の性別ごとに鉄ワイヤーでつなぎ合わせて展示しました。日常生活の痕跡を示し、同時に脆さ、はかなさ、身体の清潔、等々の連想、あるいは更にナチスがかつてユダヤ人の死体の脂肪から作った石鹸、という過去の記憶を呼び覚ます会場となりました。これらの作品は、観客の感情を深い層に触れさせ、社会的な問題に対する深い洞察を提供するものでした。
2003年には八戸のICANOFの招きにより、「食間の光景/食間の廃景」展に参加。《バンビ(Bambi)》2003と《池(Staw)》2003(共に「冬の旅 Winterreise」シリーズ)という映像作品を投影し、真ん中には時計と反対周りにゆっくりと回る円盤が置かれました。《バンビ》はマイダネック強制収容所跡で撮影されたもので、雪景色の中、鉄条網越しに小鹿がたたずんだり走ったりする様子が映ります。例えばディズニー映画の『バンビ』から連想されるような、無垢な可愛らしいイメージは、ホロコーストという人類最大の罪が犯された現場との落差が大きく、無知であることの罪深さ、ありふれた卑属なものに取り巻かれる私たちの姿を静かに映し出しているようにも思えます。《池》で映し出されるのも、池に雪が降り積もった美しく静かな冬景色ですが、その池の底にはガス室で殺され焼却されたユダヤ人たち犠牲者の灰が積もっている場所であり、その犯罪を覆い隠すように降り積もる雪と、そこに隠される罪深さにおののかされます。中央で時計と逆回りにゆっくりと回転する木製円盤には空の皿が置かれていました。時間を遡って、ホロコーストの現場へ、あるいは更にそのもっと前にまで連れ戻されるような不思議な空間でした。
続いて2005-2006年「転換期の作法:ポーランド、チェコ、スロヴァキア、ハンガリーの現代美術」国立国際美術館/東京都現代美術館/広島市現代美術館にも参加。会場に、オトフォツクのアトリエ(かつて両親と暮らした自宅)を再現し、その表面を灰で覆った。要初期の記憶の中には入れないことから入口はなく、閉じられたアトリエの周囲を観客が経めぐります。窓のあった場所の下方にパイプを通して水が循環しており、会場に水音が響いた。灰の吹き付けられた巨大な壁は見る者を圧倒しますが、表面は儚く、触ると跡が残る。記憶の儚さや、窓の側に置かれていたベッドで流した涙や汗が思われ、何かがそこにあった痕跡としての灰は、共産主義時代を経験し、新たな時代の転換期にあるポーランド社会自体の記憶も体現しているように思われました。
兵庫県たつの市で2011年より継続開催している龍野アートプロジェクトでは、2013年(刻の記憶 Arts and Memories)、2014年(日波現代芸術祭流れ)、2016年(時空の共振)に映像作品を出品、伝統的な武家屋敷や醤油蔵の歴史的建造物の中で、シンプルかつ比喩的な映像作品が投影されて新たな価値が生まれていました。
ミロスワフ・バウカ《BlueGasEyes》2004年、ビデオ・インスタレーション ©Mirosław Bałka、ニューヨークとブリュッセルのグラッドストーン・ギャラリー(Gladstone Gallery)提供。写真:ウャズドフスキ城現代美術センター(ワルシャワ)
2018年に森美術館で開催された「カタストロフと美術のちから」展では、バウカは再び石鹸の通路を作成し、戦争の悲劇を感じながらも視覚的には美しく、またほのかに石鹸の香りも漂う通路を観客が通過しながら、それぞれの美的体験がもたらされました。