ポーランドのアートなバス停
ポーランド中央部のバス旅行には、嬉しい驚きがついてくる。ウッチ(Łódź)市近くの小さな村では、なんと13のバス停が、名高いポーランド絵画の素晴らしいウォールアートで飾られている。これらのアートなバス停はのどかな田園地方をバックに芸術作品が映える、個性的な野外ギャラリーで、最高の観光スポットだ。プロジェクトの運営は、社会・文化・芸術・エコロジーの推進を目的に掲げる「こちらシラカバ」財団(Fundacja Tu Brzoza)が全面的に担当。
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ユゼフ・へウモンスキ《小春日和》、シルヴェステル・スタブリワによる複製画。ノヴィ・プドゥウフのバス停フォーク・アート。写真:Barbara Gortat / Fundacja Tu Brzoza
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バス停は、ポーランドの小さな村では生命線の役割を担う。地域コミュニティの数少ない公共の場、活動の核となる地点だ。村とその向こうに広がるより大きな世界とをつなぐ、象徴的な出入口でもある。
2015年、ポーランド中央部のウッチ市にほど近い小さな村、ノヴィ・プドゥウフ(Nowy Pudłów)出身のバルバラ・ゴルタット(Barbara Gortat)は、くずれかかったレンガ造りのローカルなバス停を保存する、すごい考えを思いついた。バス停をまず修復してもらい、その後、数々の賞の受賞画家、シルヴェステル・スタブリワ(Sylwester Stabryła)に依頼して、19世紀のポーランド画家、ユゼフ・へウモンスキ(Józef Chełmoński;1849-1914)の有名な作品《小春日和(Babie lato)》の複製画を描き、バス停を飾ってもらうことにしたのだ。
それ以降も「こちらシラカバ」財団の協力を得て、ノヴィ・プドゥウフ周辺の他の12のレンガ造りのバス停が、見れば思わずはっと息を呑む、ウォールアートで飾られることになった。これらのバス停は、いわばユニークな野外ギャラリー。主にポーランド絵画の傑作の複製を披露しているが、3つのバス停は現代アーティストのオリジナル作品で飾られている。このウォールアートの野外ギャラリーは、田園地方の伝統やフォークロア(民俗)と直につながっている。ゴルタットはプロジェクトを次のように説明する:
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わたしたちのギャラリーの核である複製画やオリジナル作品は、農作業、自然への愛や、消えつつあるローカルな伝統など、田舎のシンボルに根ざしているところが重要です(zwierciadlo.pl)。
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ヤツェク・マルチェフスキ《春》、シルヴェステル・スタブリワによる複製画。アヌシンのバス停フォーク・アート。写真:Barbara Gortat / Fundacja Tu Brzoza
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バス停の複製画は、すべてが元の作品の厳密なコピーというわけではない。レンガ造りのバス停の構造に合うよう調節されていたり、このプロジェクトを手がけた4人のアーティストのスタイルを、ある程度、反映しているものもある。
さきほど述べたように、シルヴェステル・スタブリワが最初に手がけたのは《小春日和》。この名高い作品はもともと1875年、卓越したリアリズム画家、ユゼフ・へウモンスキによって描かれた。マグダレナ・ヴルブレフスカ(Magdalena Wróblewska)はこう説明する:「曇り空の下、白いスカートとシャツを着たはだしの少女が、灰褐色の大地に寝そべり、上にあげた手で遊糸(ゆうし)〔空中に浮遊、または茂みなどにかかっている蜘蛛の糸〕をつかんでいる」(Culture.pl)。
2018年、スタブリワは「こちらシラカバ」プロジェクトで2つの複製画を作成した。そのうち一つはブシナ(Busina)のバス停で、原画はピォトル・スタヒェヴィチ(Piotr Stachiewicz;1858-1938)による《クラクフ地方の衣装を着た花嫁(Panna młoda w stroju krakowskim)》。著名な画家スタヒェヴィチは、クラクフの伝統的な衣装を着た女性のポートレートが特に高く評価されている。《クラクフ地方の衣装を着た花嫁》もその一つだ。残念ながら、この素敵な作品がいつできたのかはわからない。もう一つはアヌシン(Anusin)のバス停で、元となっているのはヤツェク・マルチェフスキ(Jacek Malczewski;1854-1929)の1900年の作品、《春(Wiosna)》。マルチェフスキはポーランドでもっとも重要な象徴主義の画家のひとり。彼の技巧が光る《春》は、この季節を「活気に満ち、笑みを浮かべた、豊かな体つきの女性――その存在全体が春の生命力を呼び起こす」ような女性によって寓意的に描写している(niezlasztuka.net.pl)。
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ヴウォジミェシュ・プシェルヴァ=テトマイェル《収穫》、ナタリア・グララによる複製画。ヴルカのバス停フォーク・アート。写真:Barbara Gortat / Fundacja Tu Brzoza
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2018年には、ウッチ市近郊のマクシミリアヌフ(Maksymilianów)出身のガラス・アーティスト、ナタリア・グララ(Natalia Grala)もバス停フォーク・アート作品を2つ仕上げている。まずヴルカ(Wólka)では高名なモダニズム画家、ヴウォジミェシュ・プシェルヴァ=テトマイェル(Włodzimierz Przerwa-Tetmajer;1861-1923)の《収穫(Żniwa)》を元にしたウォールアート。この1902年のキャンヴァス画では、赤ん坊を抱いている前景の女性の生命を与える力と、作物を生み育てる大地の力とが並列されているのが印象的だ。グララのもう一つのウォールアートはフェリクスフ(Feliksów)のバス停で、ヤツェク・マルチェフスキの《祖国(Ojczyzna)》(1903)を表している。この美しい作品は、花咲き乱れる牧草地を背景に、ひとりの女性と子どもを描き出す。
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ヤツェク・マルチェフスキの絵の女性はポーランドの擬人化だ――描かれた母は、自分と子どものために、この世界に幸せな場所を探している。〔…〕この作品は1903年、ポーランドが列強3国に分割され、ヨーロッパの地図上に存在しなかった時に描かれた(mnwr.pl)
スタブリワは2020年、さらに3つのバス停の装飾を行った。フロプィ(Chropy)では著名なリアリズム画家・芸術理論家、スタニスワフ・ヴィトキェヴィチ(Stanisław Witkiewicz;1851-1915)による1875年の《牧場にて(Na pastwisku)》のウォールアートを制作。ピォトル・ポリフト(Piotr Policht)はこの作品を「重たい鉛色の空の下、岩の多い牧場で、年若い羊飼いの娘が休み、1匹の羊にやさしく向き合っている」と描写している(Culture.pl)。同年にスタブリワが作成したもう一つのウォールアートはセンドゥフ(Sędów)に出現。ユリアン・ファワト(Julian Fałat;1853-1929)の《女と鶏(Kobieta z kurą)》の複製画に彩られたローカルなバス停だ。ファワトは卓越した風景画家として知られるが、農民の生活を映し出す作品を1880年代にいくつか描いている。1885年頃の《女と鶏》はそのうちの一つで、これは雌鶏を抱く若い女性の素晴らしいポートレートだ。
同じく2020年、スタブリワはイェジェフ(Jeżew)のバス停に、モダニズム画家・劇作家のスタニスワフ・ヴィスピャンスキ(Stanisław Wyspiański;1869-1907)のパステル画をもとにした2点のウォールアートを制作した。その一つ、1895年の《ヒマワリの花(Słoneczniki)》は、ヴィスピャンスキが装飾を手がけたクラクフの聖フランシスコ教会(Kościół św. Franciszka z Asyżu)〔《父なる神(Bóg Ojciec)》をはじめ、ヴィスピャンスキによる5つのステンドグラス作品が知られる〕の翼廊の壁、植物モチーフの彩色デザインで、ヒマワリの花を見事に描写している。
イェジェフのもう一つのウォールアートは、1905年の《ユジョ・フェルトマンの肖像画(Portret Józia Feldmana)》で、ヴィスピャンスキの友人で文学評論家・劇作家のヴィルヘルム・フェルトマン(Wilhelm Feldman;1868-1919)の息子、ユゼフ〔1899-1946;愛称はユジョ、当時6歳〕の魅力的なポートレートだ。実はこの複製画に限っては、フォーク・アートのバス停コレクションの中で唯一、田舎とのつながりがはっきりしない(それが問題と言うのではない)。
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タデウシュ・マコフスキ《田舎の裏庭》、オルガ・ペリパスによる複製画。ドゥルシュビンのバス停フォーク・アート。写真:Barbara Gortat / Fundacja Tu Brzoza
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2020年には、ウクライナのハリコフ国立デザイン芸術アカデミーの卒業生、オルガ・ペリパス(Olga Pelipas)も「こちらシラカバ」財団のために複製画を制作した。ドゥルシュビン(Drużbin)のバス停に彼女が描いたのは、注目に値する画家、タデウシュ・マコフスキ(Tadeusz Makowski;1882-1932)による《田舎の裏庭(Wiejskie podwórko)》。1928年に描かれた《田舎の裏庭》では、農場の鳥たちのそばに、まるで人形のような子どもが立っている:
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マコフスキは、彼の経歴にとって画期的な年となった1928年までに、主題を表す方法としてはヨーロッパ芸術の文脈で他に例を見ない、非常に個性的なスタイルを確立した。一般化された形が、幾何学的な輪郭線で囲まれるようになったのだ(Culture.pl)。
同年、ウッチ芸術大学の卒業生、マルチン・ヤシュチャク(Marcin Jaszczak)もバス停フォーク・アートに携わった。ユゼフ・へウモンスキの1900年の作品《コウノトリ(Bociany)》の複製画は、ブルドゥヌフ(Brudnów)で描かれた。堂々としたコウノトリは、原画を所蔵するワルシャワ国立美術館のウェブサイトで、次のように説明されている:「ポーランドの田園地方の春の風景〔…〕、時は正午。昼休み、農夫とその息子が、空に舞うコウノトリの群れを眺めている」(cyfrowe.mnw.art.pl)。
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ナタリア・グララによる、プドゥウヴェクのバス停フォーク・アート。写真:Barbara Gortat / Fundacja Tu Brzoza
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バス停フォーク・アートのうち、3つは現代アーティストによるオリジナル作品だ。1つ目はプドゥウヴェク(Pudłówek)のバス停で、2016年にナタリア・グララが装飾。レンガの壁の内側に、プドゥウヴェク近郊の町、シェラツ(Sieradz)地方の民族衣装に身をつつんだ二人の男性が見事に描かれている。バス停の外側の壁は、伝統的な、色鮮やかなシェラツの切り絵模様で飾られている。面白いことに、グララはステンドグラスの技術を用いて、これらの模様をバス停の窓にも描いた。グララの作品のおかげで、プドゥウヴェクのバス停は、まさに人々の目を楽しませる場所となっている。
シルヴェステル・スタブリワが「こちらシラカバ」財団のため、グラ・バウジホフスカ(Góra Bałdrzychowska)で自作のウォールアートを制作したのはその翌年、2017年のこと。このバス停は、スタブリワがノーベル文学賞受賞者のヴワディスワフ・レイモント(Władysław Reymont;1867-1925)の小説『農民(Chłopi)』に着想を得て描いた絵で飾られており、興味をそそられる。1900年代に新聞に連載された『農民』は、ウッチ近郊の農村コミュニティの生活を丸一年にわたって描いた、文字通り引き込まれるような物語だ。
3つ目のオリジナル作品は、ルドゥニキ(Rudniki)のバス停フォーク・アート。2020年、スラヴ神話の精霊、ルサウカ(rusałka)の素敵なウォールアートがこの村に現れた。この作品へのバルバラ・ゴルタットのコメントはというと…
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ルドゥニキでは、マルチン・ヤシュチャクが現代風のイメージを描いた。花輪を頭に載せた美しい少女のポートレートで、森の精、妖精やルサウカなど、わたしたちの〔…〕ギャラリーや彼の作品に現れるモチーフを思わせる。このローカルなバス停は、ルドゥニキのルサウカで綺麗に飾られている(transport-publiczny.pl)。
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マルチン・ヤシュチャク《ルドゥニキのルサウカ》、ルドゥニキのバス停フォーク・アート。写真:Barbara Gortat / Fundacja Tu Brzoza
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「こちらシラカバ」財団のプロジェクトによって変身を遂げたバス停は、みな今も使われている。スタブリワ、グララ、ペリパスとヤシュチャクが作り上げたウォールアートのおかげで、これらのバス停にやってきた人々は、名高い芸術作品に触れることができる。美術館まで距離があり、芸術への物理的アクセスが限られている地方では、とくに貴重な機会だ。
バス停アートがある村に住む人々は、これらのアートをとても楽しんでいる。2020年、「こちらシラカバ」プロジェクトについてのテレビ番組で、フロピィ村の住人のアグニェシュカ・ゴルタット(Agnieszka Gortat)は、地域のウォールアートについて次のように語っている:
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バス停はすごくステキです。バス停のそばを通りかかった人はだれでも、車を止めて綺麗な写真を撮ります。こんなアートを、しかも田舎で、誰も見たことがないですから(dziendobry.tvn.pl)。
ウォールアートは通りすがりの人や地元の人々だけでなく、たとえばウッチ市からの観光客も吸い寄せている。バス停フォーク・アートの鑑賞には、全体で50キロ以上あるツーリングコースが人気だ。フォーク・アートのバス停を簡単に訪れることができるよう、「こちらシラカバ」財団はGoogleマップで全てのバス停の位置を示す、特別な地図を用意している(ここでチェック)。
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スタニスワフ・ヴィトキェヴィチ《牧場》、シルヴェステル・スタブリワによる複製画。フロピィのバス停フォーク・アート。写真:Barbara Gortat / Fundacja Tu Brzoza
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「こちらシラカバ」財団は、バス停フォーク・アートの企画をしばらく休んでいたが、2022年には新たに2つが登場。この驚くべき野外ギャラリーは、成長を続けている。
さて、まとめ代わりに、チャルヌィ・ラス(Czarny Las)で実施された、ちょっと似ているプロジェクトを紹介しよう。2019年、ワルシャワ近くのこの村の6つのバス停が、ユゼフ・へウモンスキの絵画の複製プリントで飾られることになった。ちなみにへウモンスキは隣の村、ククルフカ・ザジェチュナ(Kuklówka Zarzeczna)に住み、制作活動をしていた。チャルヌィ・ラスのバス停では、《リュウキンカ(Kaczeńce)》、《春(Wiosna)》、《平野の道(Polna droga)》等、へウモンスキの素晴らしい作品の大型コピーを見ることができる。
このように、バスに乗ってポーランドの村を旅して回るのは、非常に楽しい冒険だ。ぜひ乗客になって田舎の美しさにゆっくり浸るとともに、素晴らしいアートに出会って感動しよう!
執筆:マレク・ケンパ(Marek Kępa)、2022年5月(2023年11月改訂)
日本語訳:柴田恭子(Yasuko Shibata)、2024年7月