『イーオー』は、環境問題や自然保護をテーマにしたイェジー・スコリモフスキ監督の感動的な映画であり、人間の破壊的な力と、控えめな一頭のロバから教わる優しさを描いている。ポーランドの巨匠によるこの偉大で詩的な作品は、カンヌ国際映画祭で審査員特別賞を受賞した。
84歳になったイェジー・スコリモフスキ(Jerzy Skolimowski)は、実験を恐れない姿勢を貫いている。学生時代の『小さなハムレット(Hamleś)』(1960)やデビュー作『身分証明書(Rysopis)』(1964)の頃から、監督は常に新しい表現手法や独自の映画イディオムを追求し、限界に挑戦し続けてきた。その結果はさまざまで、失敗した『フェルディドゥルケ(Ferdydurke)』(1991)、衝撃を与えた『アンナと過ごした4日間(Cztery noce z Anną)』(2008)、政治的に熱い『エッセンシャル・キリング(Essential Killing)』(2010)などがある。また、評価は振るわなかったものの『イレブン・ミニッツ(11 minut)』(2015)では、監督は犬の視点から描写するシーンを実現させた。
『イーオー』で、監督はさらに大胆になっている。従来の「プロット」に代わり、強力で造形的に洗練されたイメージで構築する、映画的エッセイの手法を選択した。その主人公に置いたのが、サーカスから連れ出された後、ポーランドの田舎や現代のヨーロッパをめぐる奇妙な旅をすることになる、イーオーという名前のロバである。
ロベール・ブレッソン(Robert Bresson)監督の名作『バルタザールどこへ行く』(1966)(この作品もロバと若い女性を描く)と関連づけ、スコリモフスキ監督はイーオーを目撃者として、人類に対する告発を行っている。
『イーオー』は、人間の自然に対する残酷さや「地球を支配下に置く」暴力性を映し出す物語だ。イーオーは、私たちが作り出した地獄の層を、次々と案内してくれる。例えば、ポーランドのサッカー地域リーグの試合を見学した後、荒々しいフーリガンに殴られ、動物病院に収容され、次に乗った輸送車では、イタリアの屠殺場へ連れて行かれる。運命はロバを曲がりくねった道へ導き、私たちは彼の旅の参加者になる。
しかし、イーオーは単なる動物の主人公ではない。スコリモフスキにとって興味があるのは、ロバの冒険ではなく、人間の世界を旅する彼が行う観察なのだ。イーオーが見た光景は、この動物と鑑賞者の記憶に刻まれる。それは残酷な瞬間であり、人間がなしうる非情な暴力であり、「小さき兄弟たち」に対する共感性の欠如である。監督は、それらを一つひとつ拾い集めていく。スコリモフスキの目から見た人間は、動物を奴隷にし、森を伐採し、イーオーが移動中に通り過ぎるような、煙を吐く工場を建設する、利己的で自己中心的な獣である。人間は世界を支配しているが、仲間を思いやることができない(同情的なローリー運転手のすばらしいシーンがある)。
スコリモフスキは、『イーオー』を美しい映像で表現している。若く優れたカメラマンであるミハウ・ディメク(Michał Dymek)が撮影した映像は、象徴の力と、ドキュメンタリー的な観察を兼ね備えている。『イーオー』は、時にはミュージックビデオのように、時には魂を持った動物の親密なドキュメンタリーのようにも感じられる。この映像は、80年代のゴッドフリー・レッジョ(Godfrey Reggio)監督のドキュメンタリー・エッセイ(『コヤニスカッツィ(Koyaanisqatsi)』『ポワカッツィ(Powaqqatsi)』)を想起させる。ゴッドフリーの場合も、視覚表現へのこだわりと、人間と自然に関する哲学的考察が融合されている。
しかし、感情面では、スコリモフスキの映画のほうが、比較にならないほど、強く訴えかける。『イーオー』は失われた愛の物語でもある。ミハウ・ディメクのカメラは、動物の主人公の瞳を覗き込み、その中に痛みを見出す。自分の世話をしてくれた人(サンドラ・ヂュジマルスカ(Sandra Drzymalska)が好演)と離ればなれになったロバは、彼女を恋しく思い出し、苦痛を味わう。そして、劇的な場面で再び絶望の淵に立たされたとき、彼は愛する存在と過ごした瞬間を思い出す。
『イーオー』は感動的だ。そこには純粋さと感情の真実がある。また、すばらしい撮影技術に加えて、パヴェウ・ミキェティン(ムィキェティン)(Paweł Mykietyn)による表現力豊かなオペラ音楽が映画全体を補完し、作品に美的な力を与えている。
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この作品を制作する際、スコリモフスキは多くの難題に直面しただろう。特に、動物の演出に関する課題があった。主役のイーオーは複数のロバによって演じられ、撮影中も監督は、彼らが快適に演技できるように細心の注意を払った。なぜなら、『イーオー』は「小さき兄弟たち」に対する真摯な愛情から生まれた映画であり、残酷ではあるがまだ修正可能な世界を描いた優しい物語だからだ。イタリアでのシーン(イザベル・ユペール(Isabelle Huppert)らが演じた)など、時折人間の物語に焦点を当てるため、イーオーを必要以上に放置する場面があるものの、この映画が、日常を共に過ごす生き物たちへの敬意と、自然が自らの権利への尊重を求めることをテーマにした物語であることに変わりはない。
心を揺さぶるスコリモフスキの映画は、エコロジーを扱った現代映画の中でも、特に重要な作品である(おそらく、動物保護に関して、この作品以上に過激な行動を取った作品は、アンドレア・アーノルド(Andrea Arnold)監督のドキュメンタリー映画『牛(Cow)』だけだろう)。この美しい作品は、優れた作りで、見る人を魅了し、誰も無関心ではいられない。とはいえ、深い内容を含む複雑な映画であるため、万人受けとは言いがたい。カンヌ映画祭での受賞や、ポーランド代表としてオスカーにノミネートされたことから、できるだけ多くの人々に届くことを期待している。この作品は、国内最大のポーランド映画祭(グディニャ)で審査員から見落とされたものの、ポーランドやヨーロッパの映画史に名を刻むことは間違いない。
- 『イーオー(IO)』、監督:イェジー・スコリモフスキ(Jerzy Skolimowski);脚本:イェジー・スコリモフスキ、エヴァ・ピアスコフスカ(Ewa Piaskowska);撮影:ミハウ・ディメク(Michał Dymek);出演:サンドラ・ヂュジィマルスカ(Sandra Drzymalska)、マテウシュ・コシチュキェヴィチ(Mateusz Kościukiewicz)、イザベル・ユペール(Isabelle Huppert);公開:2022年9月30日
執筆:Bartosz Staszczyszyn、2022年9月19日
日本語訳:パヴェウ・パフチャレク(Paweł Pachciarek)、YA、2023年3月