ポピーに1票 【インタビュー】
日本では今、桜の花が美しく咲いているが、ポーランド人にとって、心の花とは何だろう?ポピー(ケシの花)、タチアオイ、バラ……ひょっとしたら、野原全体かも?
エヴァ·ヴォウカノフスカ=コウォジェイ(Ewa Wołkanowska-Kołodziej, 以下EWK):ポーランドから連想される花と言えば?
ウカシュ·マルチンコフスキ(Łukasz Marcinkowski, 以下ŁM)、「KWIATY & MIUT」オーナー:ポピーですね。穀物畑に挟まれた、野原に咲いているものです。私は農家に生まれて田舎で育ったので、子ども時代、こんな感じの野原や野の花がたくさんありました。だから、ポピーについては懐かしく感じます。目立たず、薬用にもなる野草·雑草で、かなり厳しい環境でも生き延びる植物です。乾燥した畑や、湿った牧草地でも育ちます。外見はとても繊細なのに強靭な根を持っていて、地中の奥深くから養分を吸い上げます。ポピーはその上、魔力を持っています。というのもポピー、つまりケシの実は、多くの古代スラヴの儀礼に用いられてきたもので、私たちポーランド人は、スラヴ人ですよね。実はポピーについては、個人的に特別な思い入れもあります。私が経営する会社の名前は「Papaver」で、ラテン語でポピーを意味します。ポーランド中西部の街、ポズナン(Poznań)の農場では、ポピーの花を栽培しています。トゲナガミゲシ(Papaver argemone)や薬用のソムニフェルム種(Papaver somniferum)が育ち、シャーレイポピー(ヒナゲシ/コクリコ/虞美人草)もあります。園芸種が野生種と混ざり合い、移動しつつ、どんどん広い範囲を占めるようになって行く。ポピーにはそんな性質があるんです。
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EWK:それに、ポピーの花は赤いですね。
ŁM:そして、ポーランドの国旗は赤と白です。
EWK:ポーランド人なら誰でも、愛国歌「Czerwone maki na Monte Cassino(モンテ·カッシーノの赤いケシ)」を知っています。
ŁM:ポーランドらしい花、と言うにはぴったりですね。
EWK:今では野生のポピーを見ることはめったにありません。
ŁM:それは、工業型の農業に化学肥料をたくさん使うからです。畑では、ポピーやヤグルマギクのような野生の植物が、どんどん少なくなっています。それでも、農家が畑の全てには除草剤を撒ききれなかったり、意識して一部そのままにしておいたりすると、すぐ、赤いポピーが一斉に出てきます。そう、だからポーランドの花と言われたら、ポピーに1票を入れます。私たちが実は恋しがっている、ポーランドののどかな田園風景を思い起こさせるからです。ポーランド人はほぼ皆、農村にルーツを持っています。このことは、都会に閉じ込められていたら忘れてしまう。街で生活しなければ、会社のパソコンの前に座って、ひたすらクリックし続けなければと思わされているのです。でも、私自身は、人間の遺伝子や潜在意識が、自然との触れ合いを求めているように感じています。収穫祭など農村のお祭りに、地元の住民だけでなく、大きな街からも人々がやってくる様子からもこれが分かるでしょう。皆、田舎が恋しいのです。
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EWK:ここ数年、大きな街では、カモミール、クローバー、チドリソウ、ポピーやヤグルマギクなどを植え、芝生の代わりにお花畑を作ることが流行しています。
ŁM:技術革新が加速する時(最近はこれがすごく加速していますね)、人は意識せずとも、自然や、その代わりとなるものとの接触を求めるようになります。ウィンブルドンのテニスコートのように刈り込まれた芝生ではなく、花が咲き乱れる野原を欲するのです。ポーランドの花の真髄はまさに、小さな花々が草や穀物にまぎれてひっそりと咲く、野原にあると思います。
ポーランドを連想させるもう一つの花は、タチアオイです。ユゼフ·へウモンスキ(Józef Chełmoński, 1849-1914)のロマン主義的な絵に描かれていて皆が知っていますし、ポーランドの田舎の野外ミュージアムならどこでも、木造の民家の窓の下にタチアオイが植えられています。かつて家々の庭で栽培されていた植物を調べてみるとすぐ、それらが単に装飾のためだけでなかったことがわかります。病気を治す、いわば薬局のような役目を果たしていたのです。例えば、黄色いレンギョウは復活祭の頃、ほぼどの家にも飾られる花ですが、とても健康的な植物で、抗菌作用があることを知っている人は少ないでしょう。タチアオイにも薬効があります。
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ウカシュ・マルチンコフスキによる花束。写真:ウカシュ・マルチンコフスキ私蔵
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EWK:子どもの頃で覚えている花は何ですか。
ŁM:私は兄弟姉妹やいとこ、祖母、おじ·おば、両親と一緒に、田舎で育ちました。皆、近くに住んでいたのです。そんな中、子どもの頃から植物の名前を覚えて行きました。庭にはスノードロップ、クロッカス、スイセン、タチアオイ、ジニア(ヒャクニチソウ)、グラジオラス、シャクヤク、チューリップ、アヤメ、バラ、マリーゴールドが咲いていました。
EWK:たぶん、多くのポーランド人にとって馴染みがある花々ですね。
ŁM:ポーランド人の花に対する考え方には、この国の緯度が影響しています。1年のうち半分は冬であるか、まるで灰色の雑巾に覆われたような空模様です。そんな時は木々の枝に葉がなく、植物は枯れてしまって、見て楽しいとは言い難い、骸骨のような姿が残ります。それが春になると、私たちスラヴ人には、まさに再生、復活の時がやってきます。私の農場では、何よりも季節の花を栽培しています。チューリップから始まり、続いてシャクヤク、多年生の花、最後にダリアが咲きます。これらがポズナンの私の花屋に届けられ、お客さんが買って行きます。小さな町では、こういった花は売ることができません。住人の皆さんが庭で育てているような植物なので、お金を払ってまで欲しいとは思わないのです。一方、大きな街では庭の代わりに、不動産会社が取りつけたミクロサイズのバルコニーがあるだけなので、懐かしさを感じる花に対する需要があるわけです。
人気のある、皆に愛されている花について話が出ましたが、必ずしも伝統や国民性によるものではないということを指摘したいと思います。これには経済的な要因が絡んでおり、花の好みはマーケティング戦略の、駆け引きの産物であることがしばしばです。
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ウカシュ・マルチンコフスキによる花束。写真:ウカシュ・マルチンコフスキ私蔵
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EWK:どういうことでしょうか?
ŁM:例えば、ポーランドの花はチューリップだと、あえて言うことも可能です。第二次世界大戦後、農業が集団化されたポーランドに「バディラシュ(badylarz)」〔植物の「茎」を意味する「badyl」に由来〕と揶揄される、自分で育てた青果や花を売る園芸家の集団が出現しました。当時、ポーランドには輸入された花は全くなく、世界に対して閉ざされていました。そこでこれらの園芸家たちが、冬に温室で、チューリップやカーネーションなど低温に耐えるため、コストがそこまでかからない花を大量に栽培し始めたのです。野原が芽吹き、庭先の花が咲き始める前から、市場はカーネーションやチューリップであふれるようになりました。今ではまさにありとあらゆる花が手に入ります。ポーランドの花屋で販売されている花の80%はアフリカ、南アメリカやアジアから輸入されています。これらの地域では常に気温が高く、日光も絶えません。化学薬品の使用について規制がないこともしばしばあり、花にこれらを与えるので、文字通り、夜に光る花が咲いたりもします。ポーランドの園芸家の大部分はもう、冬に花を栽培するのをやめました。大きな業者に太刀打ちできず、割に合わないからです。何世代ものポーランド人にとって、3月8日の「女性の日」に、チューリップを買いに花屋へ行くのが習慣になっています。何でも自分たちの好きな花を選んで花束を作ることができるのに、チューリップを選ぶのです。だから私は、ポーランドを代表する花の一つはチューリップだと考えています。カーネーションも同様ですが、こちらはソ連の影響下にあったポーランド民主共和国という、あまり良くない連想があります。赤いカーネーションは当時とても人気があった花なので、今は嫌悪感があるという人もいるわけです。
EWK:11月初めの「死者の日」には、ポーランド全土の墓地で、菊の花に圧倒的な存在感があります。
ŁM:そうですね、これも実は「バディラシュ」が始めた慣習です。菊の花は鉢植えでも切り花でも、寒さによく耐えます。私たちが菊を好むようになったのは、他の花がもうなくなってしまう時期である秋に、かつて手に入ったからです。
ところで、世界の多くの国で、バレンタインデーに赤いバラが贈られるのはなぜか、知っていますか?これはおそらく、バラの栽培地が、アメリカ合衆国から、より低コストのコロンビアに移ったことと関係があります。新鮮な花が2月には手に入るようになり、これが、バレンタインデーが祝われる時期だったのです。1990年代の映画やドラマを通じて、この流行が私たちのところにもやってきました。アメリカ人は一ダースものバラをカスミソウと一緒に買い、同じ頃、ポーランド人も同じような花束を贈り合っていました。私には、赤いバラはもはや愛と言うより、工業生産のシンボルです。これらの花は冷蔵格納庫に何ヶ月も保存されているので、持ちが悪く、すぐにしおれて花瓶から落ちてしまいます。バラの大部分はオランダへと乾式輸送され、そこで水につけられてから、世界中に出荷されます。このような花を買う意味はないと思います。私の花屋でバレンタインデーに赤いバラを販売しないのはそのためです。同じくらい美しく、しかも長持ちする、他の色々な花を買うことができます。
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ウカシュ・マルチンコフスキによる花束。写真:ウカシュ・マルチンコフスキ私蔵
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EWK:ポーランド人がバラを好きなのがいけないのでしょうか?
ŁM:いいえ、そんなことは全くありません。バラは花の女王だと思います。ただもちろん、イギリス貴族の庭園が真っ先に思い浮かぶ花ではありますが……。基本的に、バラは地球上のどこでも育ち、たくさんの品種があります。その上、園芸種のバラは、果物のコンポートに始まり、リコリス(甘草)、はたまたカンパリや、アーモンド入りのハニーケーキに至るまで、実に幅広い、様々な種類の香りを備えています。ポーランドでは、気候の観点から生息が難しいですが、バラはここにも根付いています。私の両親の家の前には、50年前、祖父母が新居に引っ越してきた時に植えたバラがあります。この花はかなり貧弱にはなっていますが、今も生き続けています。工業的に生産された花には香りがありません。私の農場には園芸種のバラがたくさんありますが、姿が美しく、良い香りがします。ただ、長持ちしません。お客さんたちは、この儚さには慣れており、香りがそれを補ってくれると感じて購入して行きます。そもそも花は、人間の生活に安定、平和や、経済的な余裕が生まれた時に登場するものです。そうして初めて、人はそもそもなぜ、これらの花を欲しがるのか、考えることができます。何か美しいもの、儚いもの、必需品ではないもの、食べられず、機能的ではないものと交わることへの欲求が生まれるのです。もちろん、ここで言う花とは、装飾的な機能のみがあるもののことです。
EWK:ウカシュさんのお店は素晴らしいですが、高級店でもありますね。
ŁM:裕福な方も、大きな花束を買う余裕はないけれど、ただ本当に花が好きという方もいらっしゃいます。時には、一本のキンポウゲ(ラナンキュラス)を買って、1週間半、それを楽しむと言う方もおいでです。
EWK:キンポウゲの種は、野草のセットによく入っています。また、田舎のテーマに戻ってきましたね。
ŁM:現代のポーランドを見ていると、農村が消えていくように感じます。私の親戚や知人の大部分は、農村から逃げ出したがっているのです。
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バラ。写真: Udo Rusch/East News
ウカシュ·マルチンコフスキ(Łukasz Marcinkowski)
ポズナンの会社「Papaver」および生花店「KWIATY & MIUT」オーナー。25年の経験を有するインテリアデザイナー·フローリスト。『Elementarz kwiatowy(花入門)』、『O roślinach(植物について)』、『O kwiatach(花について)』共著者。伝統的な農法で植物栽培を行う農場を持ち、敷地内にはワークショップや、ヴィエルコポルスカ地方の収穫祭をモデルにした、毎年恒例の農場ピクニックを開催する交流スペースが創設されている。
執筆:エヴァ·ヴォウカノフスカ=コウォジェイ(Ewa Wołkanowska-Kołodziej)、2026年3月23日
日本語訳:柴田恭子(Yasuko Shibata)、2026年3月