心の琴線と権力ゲーム――ナポレオンのラブストーリーとマリー・ヴァレフスカ
人が恋に落ちるのはなぜだろう?相手の外見への一目惚れのこともあれば、その性格に何より惹かれることも。ポーランドの伯爵夫人、マリア・ヴァレフスカ(Maria Walewska, 1786-1817)のように、自分の国を救いたい一心で、恋に落ちることもある。今は忘れ去られた、マリア/マリーとナポレオン・ボナパルテの情事は、アメリカの古い白黒映画『征服』に描かれている。
『征服(Conquest)』は1937年10月22日、メトロ・ゴールドウィン・マイヤー・スタジオにより公開された。原作はヴァツワフ・ゴンショロフスキ(Wacław Gąsiorowski, 1869-1939)の小説『Pani Walewska(ヴァレフスカ夫人)』とヘレン・ジェローム(Helen Jerome)による戯曲『Pani Walewska(ヴァレフスカ夫人)』。グレタ・ガルボがマリー・ヴァレフスカ役を主演し、フランス映画界のスター、シャルル・ボワイエがナポレオン役を務めた。ボワイエはナポレオン役により、アカデミー賞最優秀男優賞にノミネートされている。
ナポレオンが政治を使ってマリーを振り向かせ、彼女を愛人にしたのは確かである。ナポレオンからマリーへの(翻訳された)手紙には、このような言葉がある:「あなたが私の哀れな心を満たしてくれるならば、あなたの祖国は私にとってより愛おしくなるでしょう」。マリーはナポレオンと実際に男女の関係を持ち、一人の子どもをもうけた。2人の関係が続いていた時、ナポレオンはポーランドの一部を復活させ、ワルシャワ公国を作った。『征服』の冒頭、その史実にのっとった性格が伝えられる:「これは歴史的な愛の物語である。劇作家によって想像力豊かに描き出される細部も、この不滅の愛の精神を損なうものではない」。
1700年代、ポーランド・リトアニア共和国はロシア、プロイセンとオーストリアによって分割された。『征服』の物語はポーランド最後の分割から12年を経た、1807年に始まる。ポーランドは世界地図に存在せず、ポーランド人は、フランス皇帝ナポレオンが彼らの国を独立へと導くことを願っていた。映画では、マリーはナポレオンが兵士と共にブウォニェ(Błonie)に駐屯していた時に出会い、彼がポーランドを救ってくれると信じて、ナポレオンを崇拝することになる。
愛の贈り物
ナポレオンは、ワルシャワのミハウ・ポニャトフスキ公(Michał Poniatowski, 1736-1794)の宮殿で開かれた舞踏会で、公式の立場でマリーと出会う。マリーの夫、アナスタス・ヴァレフスキ伯爵(Anastazy Walewski, 1733-1815)ともここで出会っている。この舞踏会で、ナポレオンはしきたりに反してマリーと2回踊る。人々の眼差しは彼の計画を妨げなかった。ナポレオンはマリーを操り、彼を英雄として崇拝するマリーの気持ちを恋愛感情へと変えようとする。そして愛人になるようマリーに提案するが、マリーは既婚であることを理由に申し出を拒み、状況は行き詰まる。
ナポレオンはそこで、マリーに対し、単なる恋愛関係以上のものを提案した。マリーが彼の愛妾となれば、ポーランドにとってより愛情に満ちた支配者となると、手紙につづったのである。ナポレオンがポーランドを独立国家として復活させてくれると信じたポーランドの政治家たちも、マリーにこの関係を進めるよう説得する。マリーはナポレオンに、ポーランド復活を叶えるよう外交的な説得を試みるが、彼は譲らなかった。マリーは皇帝の愛妾となり、ナポレオンは、ポーランド分割にあたってプロイセンが奪った領土の大部分を用いて、ワルシャワ公国を創設する。
愛の命令
クラレンス・ブラウン監督『征服』のグレタ・ガルボとシャルル・ボワイエ。1937年。写真:East News
ナポレオンは常に戦場で軍隊を率いていたため、マリーとは遠距離恋愛だった。二人はパリなどの場所で短い逢瀬を重ねた。ただ、そこには違う意味での距離が存在した。ナポレオンは妻、ジョゼフィーヌ皇后との離婚を計画し、ローマでマリーと夫アナスタスの結婚の取り消しを要求する。しかしこれは煙幕に過ぎなかった。実際にはナポレオンは自分の血統を守り、強力な同盟国を得るために、オーストリアのマリー・ルイーズ皇女との結婚を決めていた。パリで、彼はマリーに真の意図を明かす。このナポレオンは、マリーがフランス革命で認識していた、ロマン主義的な人物ではなかった。ナポレオンが彼女にも、祖国ポーランドに対しても、心を寄せていないと気づくのである。
島の男
ナポレオンの個人としての愛は、ある島において叶えられた。映画『征服』は、追放の身となったナポレオンがエルバ島で日々を送る1814年8月へと、私たちをいざなう。対仏大同盟諸国とナポレオンによって1814年に調印されたフォンテーヌブロー条約が、ナポレオンのフランス追放を導いたことが、歴史的な背景である。ナポレオンはエルバ島の領主となったが、島を離れることはできなかった。『征服』では、ナポレオンがエルバ島で、妻マリー・ルイーズ皇后が彼の息子を連れてくるのを待っていると、彼女ではなく、もう1人のマリーが彼のもとを訪れる。
グレタ・ガルボとシャルル・ボワイエ主演の映画『征服』の広告、1937年。写真: Wikimedia Commons
マリーはエルバ島のナポレオンを、政治家としてではなく、彼の息子の母親として訪ねた。マリーはナポレオンに会うため、息子アレクサンダーを連れて行ったのだ。ナポレオンは自分とマリーの間に息子がいることに気づいていなかった。彼がオーストリア皇女と結婚することを決める前に、マリーはアレクサンダーを身ごもったが、マリー・ルイーズとの結婚を宣言した後も、ナポレオンには知らせないと決めたからだ。
ポーランドの運命もまた、『征服』においては漂着が叶わず、荒波に消える。1812年、ナポレオンは「第二次ポーランド戦争」、つまりポーランド王国の再興を掲げたロシア遠征でロシアに敗れる。これにより、ナポレオンがポーランドを完全に復活させるというポーランド人の望みは打ち砕かれ、ポーランド・リトアニア共和国が復活することはなかった。分割以前に226年続いた共和国の歴史は、歴史の教科書のページの中に綴じられてのみ存続することになる。
『征服』のナポレオンは、エルバ島で静かな余生を送る。しかし桑の木の世話をしつつ、彼の本当の望みは政治の世界へと戻ることだった。マリーはナポレオンがエルバ島で平和に暮らすよう説得を試みるが、ナポレオンは自らが作り出した嵐の只中に戻ることを願った。マリーはナポレオンの熱意に屈し、彼の脱出計画を手助けする。
『征服』、1937年。写真: Mary Evans / AF / East News
『征服』は1815年7月、フランスのロシュフォール港で終わりを迎える。ナポレオンは二回目で、彼の人生で最後となる追放を待っている。マリーが訪れた時は、イギリス軍への投降を準備しているところだった。マリーはナポレオンと共に行こうとするが、彼はマリーを彼の人生から「追放」する。ナポレオンはマリーの犠牲に感謝しながらも、自らの欠点と共に生きることを決意し、マリーは、ナポレオンが生涯忘れ得ない冒険を与えてくれたことを愛しむ。ここで、祖国への愛国心から恋に落ちた一人の女性と、故郷を忘れ去った一人の男性の物語が幕を閉じる。ナポレオンとマリーの永遠の愛を描いたこの古い映画は、私たちが生きる現実社会における、事実とフィクションの繋がりを象徴的に表している。
出典:
Thompson, J.M. Letters of Napoleon: Selected, Translated, and Edited. Oxford, 1934.
執筆:ダレク・マコフスキ(Darek Makowski)、2024年7月10日
日本語訳:柴田恭子(Yasuko Shibata)、2026年1月