エリック・グオ:考えすぎないように【インタビュー】
「大きな責任と多くの義務を感じますが、素晴らしい気分です。」と第2回ショパン国際ピリオド楽器コンクールで優勝したカナダ人ピアニストのエリック・グオは言った。
この21歳のカナダ人がポーランドの聴衆の前で演奏するのはこれが初めてではなく、2021年には第18回ショパン国際ピアノコンクールに挑戦した。そのショパンのコンクールでは最初の段階でしか彼の演奏を聴くことができなかったが、彼は成功しなかったからといって、ジェラゾヴァ・ヴォラ生まれの作曲家の音楽をあきらめることがなかった。3年後、ヴォイチェフ・シフィタワ(Wojciech Świtała)が委員長を務める審査員たちは、ショパンの時代を偲ぶ楽器(またはその正確な複製品)を奏でるコンクールの最優秀参加者としてエリック・グオを表彰した。
「ワルシャワの国立フィルハーモニーでの演奏が大好きです。ここの聴衆は世界でもトップクラスです。聴き手はショパンの音楽を本当に知っていて理解しているし、その知識は信じられないほどです。」
これから数ヶ月はエリックにはあまり休む暇がないだろう。10月にはワールドツアーが始まり、10月から11月にかけてはプラハ、マドリッド、ウィーン等で公演を行う。12月には、ドイツのボンでルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンの作品と向き合い別のピアノコンクールに参加する。1月には来日し、浜松、西宮、東京(バッハ・コレギウム・ジャパン)でピリオド楽器によりショパンの音楽を演奏する。日本ツアーの共催はアダム・ミツキェヴィチ学院である。
フィリップ・レフ:ピリオド(歴史的な)楽器に興味を持ったきっかけは何ですか?
エリック・グオ:まず第一にそれらの響きで、それは音楽に欠かせないものです。特にプレイエルのピアノからは素晴らしい音の色彩を引き出すことができます。ショパンはいつもそれらのピアノを愛していました。古い楽器を弾けば弾くほど、それらの可能性の幅が見えてきます。私は現代のピアノよりもその可能性がさらに大きいという気がします。今のピアノはダイナミズムの面で大きな可能性があると言われていますが、それ以前の時代の楽器も決して劣っていません。もちろん、最終的な効果は他の方法を使って生み出します。
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エリック・グオ、ワルシャワ国立フィルハーモニー管弦楽団の廊下にて、写真:Bartek Barczyk, Wojciech Grzędziński / NIFC
あるインタビューで、コンクールの準備をしていたとき、自由に使える歴史的な楽器がなくて想像力が役に立ったと言っていましたが。
人間には無限の想像力があります。現代のピアノを弾いて、歴史的な楽器の音色を想像し、ワルシャワでのコンクールの前に練習しました。どちらの場合も、わずかに異なるアーティキュレーションを使いますが、その違いは大きくありません。ピリオド楽器関係の経験は、現在生産されているピアノを弾く我々の技術をさらに向上させることができます。古い楽器はもっと洗練されていて、ニュアンスがあり、ショパンはおそらく「トウシェー」という言葉を使っていたでしょう。それらの楽器は音色の巨大なパレットがあります。
古い楽器と出会ったことで、あなたのピアニズムへの考え方はどのように変わりましたか?
ピアノやフォルテをもっと弾くだけでなく、他の方法でどれだけのことができるかを理解するようになりました。表現の幅広い可能性を発見しました。インストゥルメンタル音楽は言葉を使わず、音で感情を伝えます。メンデルスゾーンは「言葉のない歌」といってそれを最もよく表現しました。なぜ音楽が私たちに強い影響を与えるかを考えると、心の奥底にある感情を表現するための強力なツールであるからだと思います。それは私たちが表現できないこと(そして時には私たちの知覚能力さえも超えている)について話すことを可能にする一種の手段です。
ピリオド楽器の演奏を専門とするあなたの好きなピアニストは誰ですか?
みんなの名前を言えません。特に、コンクールの審査員であるトビアス・コッホ、アンドレアス・シュタイアー、イヴ・アンリを高く評価していますが、審査員の皆さんは素晴らしい音楽家ばかりであることを強調したいと思います。また、アレクセイ・リュビモフ(アレクセイ・ルビモフ)は、ユニークで個性的なアーティストです。前回コンクールの優勝者であるトマシュ・リッターもすごいです。それぞれがユニークな音楽的個性を持っています。それは聴き手を納得させる特性があり、自分らしさを伝える能力だと思います。
古い演奏の録音に興味がありますか?
アルフレッド・コルトー、セルゲイ・ラフマニノフ、ヨーゼフ・ホフマン、アルトゥール・ルービンシュタイン、ウラディーミル・ホロヴィッツの録音は、私にとって重要な参考資料です。録音はたくさんあるので、1つを選ぶのは難しいです。それぞれに独自の貴重な解釈が含まれています。コルトーとホフマンのスタイルは、驚くほどシンプルでありながら、爽快な感じがします。あるいは、ルバタを弾くルービンシュタインが!それぞれが技術に長けていましたが、センスの良さもありました。彼らは自然な方法で即興演奏をし、彼らの演奏には多くの自発性があり、私はそれを自分の為に最大限に活用したいと思っています。
フレデリック・ショパンのどんなところに惹かれましたか?
とても難しい質問です。私はショパンの音楽には人々を結合するスゴイ特性があると思います。これほど特別な方法で、あらゆる境界や障壁を越えて、すべての人をつなぐことができるアーティストは他に思いつきません。これは、彼の作品に強く存在するポーランドの政治と歴史に関連する内容にまったく影響されません。彼の音楽には、人類をより良い次元へと導く力があると信じています。その音楽は、子供の頃からショパンを悩ませてきた健康上の問題にもかかわらず、前向きなエネルギーを持っていて私たちを強くします。
作者の意図に忠実であることと、自分の考えを表現することとのバランスをどのように取っていますか?
自分自身も毎回その質問を自分にします。その境界線は本当に微妙で、どちらか極端になりやすいのです。完璧なプロポーション、つまり私自身の中庸をなんとか見いだしたかどうかはわかりません。成功の秘訣は、自分らしく、自分の芸術的な声を探すことだと思いますが、まずは十分な知識を得る必要があります。作曲家の作品と彼の伝記を知り、彼の同時代のアーテストのスタイルを掘り下げて、その時代全体を正しく理解し知るように。これほど多くの情報にこれほど簡単にアクセスできるようになったことはかつてなく、タイムトラベルができるような気がします。
ショパンの場合、情報源はたくさんあります。ジャン・ジャック・アイゲルディンガー(Jean-Jacques Eigeldinger)の『弟子たちから見たショパン(Chopin vu par ses élèves)』という本を読んだことが私の人生を変えました。それは多くのミュージシャンにとっての「バイブル」であると私は思います。そのおかげで、ショパンの教授法を学び、彼の演奏スタイルの説明を読むことができます。それは本当に並外れたことなのです。
ショパンは教会や大きなコンサートホールで演奏することもありましたが、サロンや友人のアパートで演奏することが多かったです。そういった空間で演奏する機会はありましたか?
ショパンは貴族、芸術家、エリートのために演奏したりしました。時には宮廷でさえも。私はまだそのレベルではないでしょう...。しかし、今日、コンサートホールはある意味でサロンの役割を果たしていますが、明らかにより大きく、すべての人のためのものです。私は矯正施設、老人ホーム、病院で演奏したりすることもありましたが。最近、マリア・ジョアン・ピレスが主催するパルティトゥラ・プロジェクトの一環として、ミシガン州の精神病院で演奏しました。私は彼女の活動に参加した6人のピアニストの一人という栄誉に恵まれました。ワークショップでは、フォーハンド演奏で弾くこともありました。このような演奏は、フィルハーモニーでのコンサートとは全く異なる役目を感じますが、私は同じようにアプローチし、最善を尽くさなければなりません。
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歴史的楽器による第2回ショパン・コンクールの優勝者コンサートでのエリック・グオと{oh!}オルキェストラ・ヒストリチナ、写真:Bartek Barczyk, Wojciech Grzędziński / NIFC
完璧なパフォーマンスのビジョンはありますか?テクニックや上手さだけでなく、ジェスチャーや服装など、パフォーマンスの雰囲気に関連するものという意味で。
この質問に答えるのはとても難しいです。あなたは、私自身のビジョンと作曲家の意図のバランスを取ることについて尋ねましたが、それは似たような問題です。時代は変わり、まったく異なる生き方をする新しい世代が現れました。しかし、世界に対する昔ながらのアプローチは、古い教授の衒学的なスタイルのようなものがまだ存在しています。どれもしりぞけることはできません、私たちはすべての人を喜ばせなければなりませんが、私は正直に言うと「喜ばせる」という言葉が好きではありません。
もしかしたら、最善の解決策はそれについて考えないことでしょうか?マリア・ジョアン・ピレスは、結局のところ最も重要なことは考えすぎないことだ、とよく言っています。ジェスチャーを考えたり、演奏中に感情を可視化することを考えると、音楽の本質が失われてしまいます。ミュージシャンでありながら自分の演奏をみんなと共有し、美しい音楽を聴いてもらいたいものです。観客に喜びを伝えることです。その過程から喜びを得ることが一番大事だと思っています。
音楽以外の趣味は何ですか?
若い頃、音楽は私の多くの趣味の1つに過ぎず、マイナーなものでした。バスケットボール、サッカー、フェンシング、ランニング、陸上競技など、あらゆるスポーツが大好きでした。距離を置いてそれを考えると、音楽でもとても役に立ったと思います。今は、ケガをしないためにスポーツをそれほどしていません。また、他の活動をする時間も足りません。自然と触れ合うのも好きで、登山や長い散歩が大好きです。私はたくさん読書しています。それが楽器を演奏するのにどれだけ役立っているかに気づいたのは、つい最近のことです。
あなたは最近おそらくあまり読む時間がなかったと思いますが、最近何を読みましたか?
ショパン、ベートーヴェン、その他の作曲家に関する本です。今は、12月にドイツで開催されるテレコム・ベートーヴェン・コンクールに向けて準備をしています。アイゲルディンガーの本についてはすでにお話ししましたが、2年前に読み始めましたが、読み終えたのはごく最近のことです。すでに読んだ本で自分自身をリフレッシュするのは良い考えだと思います。私はしばしば、過去に何が起こったのかを理解するために、すでに読んだ箇所に戻って、何度も何度も読み返します。私は軽率に歴史を繰り返したくありません。もし何かが気に入らなければ、自分の見解や好みに合った道を選べばいいのです。本の役割は知識や参考資料を提供することですが、それに従わなければならないのでしょうか。
あなたの人生の中で、クラシック以外のジャンルの音楽はありますか?
ある音楽が嫌いだとか言いたいわけではなく、すべての音楽は良いものです。耳の中でブーンという音でない限り、悪い音楽というものはありません。最近はジャズやブルース、特にそれらにある即興演奏に興味があります。私は、音楽を演奏するということは、即興の精神のようなものを持つべきだという強い信念を持っています。もちろん、正確さが大事な場面もありますが、ショパンやモーツァルト、ベートーヴェンは鍵盤の前に座って即興で楽譜を書いていました。ショパンの親友の一人であるジュリアン・フォンタナは、「彼の最も美しい作品は、彼の即興演奏の反映と反響にすぎない」と言いました。
一番印象に残っているコンサートは?
昨日のショパン国際ピリオド楽器コンクールの受賞者のコンサートで、素晴らしいものでした。オーケストラと指揮者についてですが、私はこれほど並外れた、親切でオープンな人々と仕事をしたことがありません。それは非常に重要で、達成するのが難しく、めったにないことです。その上、激しく反応する観客もいて、信じられないような雰囲気です。ワルシャワの国立フィルハーモニーには何度も戻ってくると思います。実はすでに待ちきれないのです。
では、観客の視点から?
最もよく覚えているものを言うのは難しいです。私はすべてのコンサートを覚えるようにしています。しかし、数日前のショパン・コンクールのオープニング・コンサートで、マルタ・アルゲリッチが演奏したことにとても感銘を受けました。彼女のライブを見たのは初めてだった。82歳ですが、演奏には非常に活気があり、新鮮で、技術的に非難する余地がありません。また、ギルモア・ピアノ・フェスティバルでのマリア・ジョアン・ピレスの演奏にも深い影響を受けました。彼女の演奏は一見シンプルに見えますが、想像を絶する明晰さ、この世のものとは思えない表現力がありました。私はこれらのパフォーマンスから何かを得て、これらの教えを自分の練習に適用しようとしています。
執筆:フィリップ・レフ(Filip Lech)、2023年10月
日本語訳:Gemra Tłumaczenia Specjalistyczne、2023年12月
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