ポーランド国立ワルシャワ・フィルハーモニー管弦楽団が、今シーズンから新たに音楽・芸術監督を務めるアンドレイ・ボレイコとともに日本ツアーを行った。ピアノ独奏はラファウ・ブレハッチ、となれば、ポーランドと日本の国交樹立100周年をクラシック音楽で祝し、未来をまなざすのにまさに相応しい機会とみられる。2019年 11月2日、東京芸術劇場でのコンサートを聴いた。
ブレハッチとワルシャワ・フィルの顔合わせと聞けば、誰しもすぐに思い浮かべるのがショパン国際コンクールのファイナルのことだろう。ビドゴシチの青年が世界的なピアニストとして飛翔する大きな契機となったのが、2005年のワルシャワでの大成功だった。そして、いまその名門コンクールも、来たる2020年秋の次回への準備を進めているさなかである。
祖国で瑞々しく息づいたショパンの青春
さて、コンサートの幕開けは、ポーランド語オペラを推進したモニューシコの『パリア』序曲で、劇的に期待を募らせる。プログラムの中心は、ショパンの2つのコンチェルトだ。
ショパンの生きたポーランドは激動の直中だった。ショパンが生まれる少し前にワルシャワ公国として独立するが、ナポレオンのロシア遠征失敗の結果、ロシア皇帝が国王を兼務するポーランド立憲王国が大部分を統治するようになっていた。ロシアからの独立を求めるワルシャワ蜂起が起こるのは1830年11月だが、ショパンはその危険を逃れるように故国を後にして、以来悔恨の念に苦悩することになる。2つのピアノ協奏曲が書かれたのは、その悲痛な別れに先立つ1829年と30年のことで、曲のなかには祖国で生きたショパンの青春が瑞々しく息づいている。
このコンサートでは作品の出版順ではなく成立順に――つまりヘ短調の第2番op.21が先、ホ短調の第1番op.11が後半に演奏されたが、これがとてもよい流れになった。より内心に近いナイーヴな情趣を清潔に歌い、それからさらに外向的なヴィルトゥオージティへ向かうという性格が、高揚感とともに浮き彫りにされたからである。そこには、天才の若い情熱と切実な希望が籠められていた。
明快さと仕上げのよさが光る、ブレハッチの端正な音楽
ブレハッチのアプローチは、デビュー当初から大きく変わってはおらず、緻密な読みと繊細な感性、謙虚な姿勢を確実に保ちつつ、しかし表現の自由と奥行きをじんわりと増している。古典派の作品に通じる明快さを形式の上でも、磨き抜かれた音色の上でもクリアに体現しつつ、細部までをていねいに見通して、端正に音楽をまとめていくのが彼の持ち味だろう。
旋律を優美に歌うときも、甘えのない簡潔さは保たれ、それがより純粋な情感の歌いかけを引き立てる。そうしたノーブルな心性と明瞭な視座はそのままに、テンポのとりかたの上でも自由が拡がり、劇的な表現の彫りこみやリズムの闊達さが加えられている。すべてがしっくり手の内に入っている。行き届いた仕上げのよさは、職人的なこだわりと精度を感じさせるものだ。
ボレイコ率いるこれからのワルシャワ・フィルへの期待
ボレイコの機敏な指揮は、ブレハッチのピアノと巧みに呼応し合って、生き生きした緊密さをタイトに保った。さりげなく内声に表情をつけたり、協奏曲第1番の終楽章に顕著だったが民族的なリズムに凝ったところをみせたりと、鮮やかな生彩で支えつつ、独奏と一体感ある対話を交わしていった。序曲と協奏曲だけではやはり物足りないものの、父方にポーランド、母方にロシアの血を引くという俊英指揮者が、これからワルシャワ・フィルとどのような音楽を深化させていくのかも楽しみになった。
公演情報:
ポーランド国立ワルシャワ・フィルハーモニー管弦楽団 Japan Tour 2019
アンドレイ・ボレイコ 指揮
ラファウ・ブレハッチ ピアノ
執筆:青澤隆明
編集:YN Associates