身体と心が喜ぶ、ポーランドの蜂蜜
多くの文化において知性、豊かさ、美徳や知識の象徴とみなされる蜂蜜。複雑で神秘的なプロセスを通して得られることから、人々が自らと精神的に向き合う過程をも示していると言う。
今、ポーランドでは、野原や牧草地、村はずれや森の中だけでなく、都市の中心部でも養蜂場を見かける。例えばポーランド中部の街、キェルツェ(Kielce)のこども劇場「クブシ」(Teatr Lalki i Aktora “Kubuś”)は、ビデオカメラがついたミツバチの巣箱を保有しており、巣の中で何が起こっているかをリアルタイムで見ることができる。同じく南部の街、カトヴィツェ(Katowice)のポーランド国立放送交響楽団(NOSPR)や、首都ワルシャワのオホタ劇場(Teatr Ochota)、また多くのショッピングモール、ホテルやその他の施設でも、屋上に巣箱が置かれている。調査してみると、都市部の養蜂場の蜂蜜は非常に高品質で、有害物質はごく微量しか含まれていない。都市部では、バルコニーや広場、公園、はたまた墓地の花が、3月から9月のシーズン中ずっと咲き乱れている。街でも、良質の蜂蜜を作ることができるのだ。
黄金色の豊かさ
自分の養蜂場で作業をするトマシュ・ピェトラシェヴィチ(Tomasz Pietrasiewicz; ルブリン市NN劇場「グロツカ門」センター(Ośrodek “Brama Grodzka” – Teatr NN)ディレクター)。写真:Jakub Orzechowski / AG
ポーランドは「乳と蜜の流れる国」である。ポーランドの養蜂と蜂蜜酒作りの伝統はキリスト教以前の時代に遡るが、それが今に至るまで連綿と続けられてきた。各地方ごとに蜂蜜が生産され、それぞれ特徴があることで知られる。2018年時点で、ミツバチの集団(群れ)を指す「コロニー」の数は163万以上。1匹の女王蜂を中心とする各コロニーには、働きバチである雌バチが10,000匹から100,000匹、巣にいて働かない雄バチが約2,000匹から3,000匹いる。コロニーの数は増えており、2019年から2020年にかけては約5パーセント増加した。ここ数年、ポーランドの1平方キロメートルあたりのミツバチコロニーはヨーロッパで一番多くなっている。ポーランド人が食べる蜂蜜の量も増え、過去15年間で消費量はほぼ2倍になった。
蜂蜜には高い栄養価や治癒効果があり、自然が作り出した完璧な創造物と言える。もともとはミツバチや幼虫のための食料で、ミツバチが花の蜜に自分の唾液を加え、巣の細胞に吐き出したものだ。決して腐ることがない。75パーセントは糖分で、人間にとって最高の、非常に望ましいエネルギー源である。何千年にもわたり、人間たちはこれをハチから取り上げてきた。蜂蜜は多くの文化において、知性、豊かさ、善良さと知識の象徴とみなされてきた。スペインの詩人ホアン・エドゥアルド・シルロ(Juan Eduardo Cirlot; 1816-1973)の言葉によると、蜂蜜は「イニシエーションによる再生」を象徴している。複雑で神秘的な過程を経て得られた蜂蜜は、個々人が自己の精神と深く向き合う過程をも表していると言う。
守られる地域の味
ミツバチの巣箱。ポーランド南部の村、ドゥブネ(Dubne)。写真:Monkpress / East News
ポーランドの蜂蜜は、生産される土地や植物の性質に由来する香りや風味、舌触りなど、五感に訴えるユニークな特性を持っている。これらの特性は、ポーランドの農業・農村開発省が保管する伝統的特産品リストに記載されている。このうち数種の蜂蜜は、地域産品や伝統的特産品を保護する欧州の制度の対象にもなっている。その土地の伝統や環境に深く結びついた特産品の生産者(多くは小規模生産者)に対して特別な保護を与えるため、欧州連合(EU)が1992年に導入した一連の規制だ。
EU制度のいくつかは、これらの特産品に「お墨付き」を与えるために発展してきた。消費者は、有名で信頼できる認証マークを見れば、手にした食品が高品質だとわかる。原産地呼称保護(Protected Designation of Origin; PDO)は「製品の品質や評価が原産地と密接に結びついた、特定地域の特産品であり、一連の生産、加工、調整過程の全てが、特定地域において完結する」製品に与えられる、欧州の品質保証マークだ。この栄誉あるしるしは、ポーランド・リトアニアの国境に近いセイヌィ(Sejny)・ウォジジェイェ(Łodździeje)/セイナイ(Seinai)・ラジディイェイ(Lazdijai)地方(ポーランドとリトアニア双方の生産者が協力して登録を達成)の蜂蜜や、ポーランド南東部のポトカルパチェ(Podkarpacie)地方の特産品、モミやトウヒ、松の樹液から作られた甘露蜂蜜(ハニーデュー)に与えられている。
オーガニック食品の売店に並ぶ蜂蜜。ジェシュフ(Rzeszów)。写真:Franciszek Mazur / AG
同様に、地域保護表示(Protected Geographical Indication; PGI)は特定の地理的地域と製品名のつながりを強調し、製品の特別な品質、評判やその他の特徴を、主に原産地に帰することができる。この制度のもとで認証されているポーランドの蜂蜜には、ポーランド北西部、西ポモージェ県ドラフスコ(Drawsko)地方の蜂蜜、ワルシャワから120キロほど北東にあるクルピェ(Kurpie)地方の蜂蜜、そしてポーランド南西部、下シロンスク(Dolny Śląsk)の森で採れるヒース蜂蜜がある。
一方、伝統的特産品保護(Traditional Specialty Guaranteed; TSG)は、特別な性格を表す伝統的な名称を有する製品につけられる、ヨーロッパ品質保証のマークだ。TSGマークを得るためには、伝統的な原材料を用いて生産されるか、代々受け継がれてきた伝統的な作り方に従って生産された製品でなければならない。TSGマークがつけられているポーランド製品には、プウトラク(półtorak)、ドゥヴイニャク(dwójniak)、トゥルイニャク(trójniak)とチュフルニャク(czwórniak)があり、詳しくは後述するが、これらは全てポーランドの蜂蜜酒である。TSGマークを使うためには、生産者は、文書化された伝統的なレシピに製造方法が一致していることを保証する証明書を獲得する必要がある。
樹液の香り、とろみの質感
チェレバシェ(Czerewasze)での採蜜、1915年。写真:国立ポローナ博物館
これらEUの認証を受けて保護下にある蜂蜜や蜂蜜酒は、特定地域で生産されてきた長い歴史を有する。「ドラフスコ蜂蜜」(英名はDrahim honey)の地域保護表示名は、ポーランド北西部の古ドラフスコ(Stare Drawsko)という町の名前に由来する。ソバ、ナタネ、ヒース、ライムの蜂蜜、または百花蜜などがあり、これらはポーランドで最も一般的な蜂蜜の種類でもある。
ポトカルパチェ地方の養蜂も長い伝統を誇り、資料で最初に言及されたのは15世紀だ。ポトカルパチェ地方はミツバチにとって素晴らしい自然条件を備えている。国立公園や自然保護区があり、針葉樹の樹液を原料とする甘露蜂蜜の採取に欠かせない、モミの森林を保護する役割を果たしている。原産地呼称保護認証を受けたポトカルパチェ地方の蜂蜜には、ヨーロッパモミの樹液から採られた甘露蜂蜜が70パーセント以上含まれている。甘露はその名の通り甘い液体で、決まった種類の樹木の葉や枝の上に、しずく状になって集まる。そのユニークな特徴は、アブラムシ、シロアリ、アリマキなどの虫によって壊された細胞から漏れ出した樹液と、これらの虫の液体排泄物で構成されている点だ。甘露はミツバチによって集められ、加工されて蜂蜜へと変えられる。甘露蜂蜜は、液体の状態では緑のかったこげ茶色だが、結晶化するとより明るい色へと変化する。針葉樹の葉を思わせる樹液のような香りと、繊細な甘みが特徴だ。
樹上の野生のハチの巣から採蜜する養蜂家。19世紀。複製:Piotr Mecik / Forum
ヒース蜂蜜もポーランドの誇る蜂蜜で、ヒース花粉の量が花粉全体の50%を占めている。ポトカルパチェ地方のヒース蜂蜜はこの割合が80パーセントに達するほどで、他のヒース蜂蜜とは別格の存在である。その他にもプロリン含有量が高く、しょ糖や水分が少ないなどの特徴を有する。蜂蜜の色は琥珀色から茶がかった赤まで幅広く、結晶化すると黄色がかったオレンジ色から茶色になる。質感はねっとりしており、たいていはゼリー状の液体やジェルのような感じだ。味にはキレとかすかな苦さがあり、甘さは比較的少ない。ヒースを思わせる非常に強い香りがある。
歴史のある蜂蜜酒
ワルシャワのベネディクト修道会の店に並ぶ蜂蜜酒。写真:Robert Gardziński / Forum
ポーランドの地での蜂蜜酒作りは1000年の歴史を有する。蜂蜜酒(miód ミュト)はピャスト朝(ca. 960-1370)の初代王ミェシュコ1世(935?-992)の食卓にも上り、966年に王宮を訪れた探検家・記録者、イブラヒム・イブン・ヤクブ(Ibrahim Ibn Yakub; 912-966)のノートには、「ミュトと呼ばれる、人を酔わせる飲料」という言及がある。蜂蜜酒は、士族共和国〔ポーランド・リトアニア共和国(1569-1795)〕時代に最盛期を迎えた。
蜂蜜酒は、水で薄めた蜂蜜液(マスト)を発酵させることで得られるアルコール飲料である。この蜂蜜液がどのように準備されるか、または何をそこに加えるかにより、いくつかの種類に分かれる。例えば、蜂蜜液を沸騰させて作られる飽和タイプと、沸騰させない不飽和タイプがある。しかし、何世紀にもわたって作られてきた最も伝統的な蜂蜜酒は、元となる蜂蜜液を作る際の、蜂蜜と水の割合によって等級化されている。一番の高濃度を誇るプウトラク(półtorak)〔「プウトラ(półtora)」は「1と2分の1」を意味する〕は蜂蜜1に対して水が2分の1、続くドゥヴイニャク(dwójniak)は蜂蜜と水が同分量、次いでトゥルイニャク(trójniak)は蜂蜜1に対して水が2だ。最後に、チュフルニャク(czwórniak)は蜂蜜1に対して水が3の割合である。
アウグストゥフ(Augustów)原生林で採蜜を行う、アウグストゥフ森林監督局の養蜂家・森林検査官、アダム・コラトル(Adam Kolator)。写真:Artur Reszko / PAP
これら全ての種類の蜂蜜酒が、2008年7月にEUの伝統的特産品保護(TSG)認証を獲得した。この制度は製品の名称を保護するのではないため、伝統的なレシピにしたがって作られていない製品にも適用されることがある。実際に保護されている製品を区別するには、EUのロゴと一緒に「伝統的特産品保護」と書かれたマークがあるかを調べよう。認証された蜂蜜酒は熟成期間が決められている。例えば、プウトラクは少なくとも3年、ドゥヴイニャクは2年以上、トゥルイニャクは1年以上、チュフルニャクは9ヶ月以上の熟成が必要だ。
ポーランド料理とのマリアージュ
ハチの巣から取り出されたばかりの蜂蜜(巣蜜)。写真:Adam Staskiewicz / East News
自然な方法を用いて作られた蜂蜜酒も一見の価値がある。例えば、ポーランド中部ウッチ県のトマシュフ・マゾヴィエツキ(Tomaszów Mazowiecki)近くの村、ワジスコ(Łazisko)で製造されている、マチェイ・ヤロス(Maciej Jaros)の蜂蜜酒は、スローフード協会に推薦されている。土地に根ざした食文化の保護を目的とし、地域の伝統的な食材の小規模生産者を支援する、国際的な非営利団体だ。
ヤロスは、蜂蜜酒の製造過程の速度を速め、生産コストを減らすような保存料や着色料、安定剤やその他の添加物を一切使わない。彼が使うのは蜂蜜(多くは彼自身の養蜂場で採れたもの)、水とハーブだけだ。ヤロスによる蜂蜜酒の貴重な風味は、ボレスワヴィエツ(Bolesławiec)の土から伝統的な陶工手法によって作られた瓶で保存されることで生み出される。
ヤロスの家族経営の会社は1978年頃、ミツバチ由来の製品を製造する養蜂会社として始まった。1991年、ヤロス家が蜂蜜酒の製造を開始すると、すぐに主要製品になった。彼らが蜂蜜酒を生産する技術は、自然の恵みをそのまま活かす、古ポーランドの伝統的な製法に基づいて確立されたものだ。
ポーランドのシェフたちは、蜂蜜酒(特に有名な生産者の製品)と高級ポーランド料理とのペアリングを始めている。チュフルニャクやトゥルイニャクなど、弱めの蜂蜜酒は肉料理(仔牛のレバーと洋梨のソテーは、蜂蜜酒を加えることで風味が増す)やチーズ(特にブルーチーズ)に合い、強いプウトラクやドゥヴイニャクはケーキ、アイスクリームやデザートにぴったりだ。蜂蜜酒に浸したレーズンを焼きリンゴの中に詰めたり、バニラ・アイシングに散らしたりしても良い。蜂蜜酒はレイヤーケーキ、スポンジケーキ、パイなどポーランドのデザートとは全て好相性で、とりわけヤブウェチュニク(jabłecznik)と呼ばれるアップルケーキとよく合う。蜂蜜酒はそのままでも美味しい。しっかりした食事の後にコニャック・グラスで供したり、冬の飲み物としてシナモンやクローブなどのスパイスで香りをつけて温め、蜂蜜で甘くしてもよい。
蜂蜜酒はポーランド料理で最も重要な製品の一つである。忘れられない風味と素晴らしい香りを持ち、健康にもよい効果がある。ポーランドの歴史においても特別な位置を占めており、アダム・ミツキェヴィチ(1789-1855)による国民的叙事詩、『パン・タデウシュ(Pan Tadeusz)』の終わりには、次のような一節がある:
Text
わたしもまたこの場で客に交じり、蜜酒とワインを飲み
こうして見たこと、聞いたことを、一巻の書にまとめたのだ
Author
「第十二之書」『パン・タデウシュ』工藤幸雄訳
執筆:モニカ・クチャ(Monika Kucia)、2021年2月11日
日本語訳:柴田恭子(Yasuko Shibata)、2025年2月