劇映画
1947『Harmonia(調和)』(中編)
1955『縛り首の縄(Pętla)』(脚本:マレク・フワスコ、ヴォイチェフ・イェジー・ハス)
原作はマレク・フワスコ(Marek Hłasko, 1934-1969)の短編小説。アルコール依存症との闘いに負け、最後には自殺に至る主人公のクバ役をグスタフ・ホルベク(Gustaw Holoubek, 1923-2008)が見事に演ずる。物語は1日の出来事として展開する。カメラはアパートで過ごし、街をさまよう主人公を執拗に追いかける。意図的にゆっくりと進む語り、表現主義的な手法を用いた舞台美術が、絶望的な雰囲気を精密に作り上げ、八方塞がりの状況に追い込まれた主人公の心理状態を映し出す。評論家たちは本作の悲観主義的な側面を取り上げ、コンラット・エベルハルト(Konrad Eberhardt)は独創性を高く評価した。
1958 『別れ(Pożegnania)』(脚本:スタニスワフ・ディガト、ヴォイチェフ・イェジー・ハス)
スタニスワフ・ディガト(Stanisław Dygat, 1914-1978)の抒情的・思索的な小説(1948)を映画化した作品。物語は戦前から始まり、保守的な貴族階級の家に育ったパヴェウと、時間制の社交ダンスパートナーとして働いていたリドカの愛を描き出す。因習に阻まれ、為す術を持たない主人公たちは互いに離れていく。時間の流れにより、多くのものが変化する。戦争を経て、パヴェウはアウシュヴィッツの地獄を経験し、リドカはパヴェウの従兄弟と結婚。パヴェウとリドカの愛はそれらを生き延び、因習はもはや意味を持たなくなる。評論家コンラット・エベルハルトによれば、『別れ』は何よりも、過ぎゆく時間に思いを馳せる作品である:「ヴィラ “Quo vadis”〔クオ・ヴァディス――どこへ行く?〕に置かれたがらくたや、歴史の衝撃にさらされた邸宅のアンティーク家具、ユーモラスな対話、浮ついた状況、ドラマチックな身振りや空虚なポーズなど、すべてが時間への思索によって意味付けられ、奇妙な方法で変容される」。1959年ロカルノ国際映画賞、国際映画批評家連盟(FIPRESCI)賞受賞作。
1959 『Wspólny pokój(相部屋)』(脚本:ヴォイチェフ・イェジー・ハス、台詞:スタニスワフ・ディガト)
ズビグニェフ・ウニウォフスキ(Zbigniew Uniłowski, 1909-1937)の物議を醸した自伝的小説(1932)を、ハスが主観的に脚色した作品。ワルシャワの石造りの住宅建築の一部屋を借り、そこに詰め込まれて住む、学生たちと駆け出しの作家たちの運命を、1930年のポーランド社会を背景に描く。
1960 『決別(Rozstanie)』(脚本:ヤドヴィガ・ジリンスカ)
ヤドヴィガ・ジリンスカ(Jadwiga Żylińska, 1910-2009)が自身の短編小説を基に脚本を手がける。主人公は女優。長い時を経て、故郷である小さな町を訪れるが、時の流れは、なじみの場所や親しい人々に対する彼女の見方を変えていた。感傷的な旅であったはずが、事態は誤解へと発展する。ハスによる時間の経過についての詩的な物語の一つ。主人公を演じたリディア・ヴィソツカ(Lidia Wysocka)は評論家から高い評価を受けた。
1961 『Złoto(金)』(脚本:ボフダン・チェシュコ Bohdan Czeszko, 1923-1988)
親密な心理劇。一見、社会主義リアリズム映画の様子を呈する作品。物語は発電所建設現場で展開する。若き主人公は何か秘密を抱え、チームに溶け込むことができない。実は、自動車で人間を轢いたと思い込み、責任を回避しているが、実際に犠牲となったのは犬だった。ハス自身がこの映画では警察官役でカメオ出演している。
1962 『愛される方法(Jak być kochaną)』(脚本:カジミェシュ・ブランディス)
カジミェシュ・ブランディス(Kazimierz Brandys, 1916-2000)が自身の短編小説を基に脚本を手がけたドラマ映画。ラジオ劇女優フェリツィヤがナチスドイツによる占領時代を回想する。彼女は長い間、自分のアパートにゲシュタポに追われていたヴィクトルをかくまっていた。疑いを晴らすため、公の舞台に出演するようになり、演劇界ではナチスドイツの協力者とみなされるようになる。フェリツィヤの献身は一方的な愛によるもので、ヴィクトルにとってはこれが重荷だったが、彼女は気が付かなかった。ヴィクトルは自分の境遇を屈辱的なものととらえ、フェリツィヤと別れた上、戦後、彼女のもとに戻ってくるとそのまま自殺を遂げた。数年後、フェリツィヤは以前の職場に戻り、独特の声によってラジオ聴取者の人気を集める。さまざまな経験により、成熟した、強い女性になっていた。エベルハルトはこう述べている:「女は男を死から、男は女を孤独から、この二人は互いを救おうと努めるが、失敗し、努力は無駄に終わる。ポーランド映画がこのような苦い教訓を示すのは久々のことだ」。1962年、カジミェシュ・ブランディスによる脚本とフェリツィヤ役を演じたバルバラ・クラフトゥヴナ(Barbara Krafftówna, 1928-2022)がサンフランシスコ国際映画祭ゴールデンゲート賞を受賞。1963年にエディンバラ国際映画祭、コルク国際映画祭でそれぞれディプロマ賞を獲得し、1964年にベイルート国際映画祭で国際映画批評家連盟(FIPRESCI)賞を受賞。同年、1963年度ポーランド『Film』誌の最優秀映画ゴールデンダック賞を受賞した。
1964 『サラゴサの写本(Rękopis znaleziony w Saragossie)』(脚本:タデウシュ・クフィャトコフスキ)
ヤン・ポトツキ(Jan Potocki, 1761-1815)の小説を基に、タデウシュ・クフィャトコフスキ(Tadeusz Kwiatkowski, 1920-2007)が脚本を担当。18世紀の「入れ子構造」式の小説を脚色した本作は、ハス作品の幻想的な潮流を立ち上げ、決定的なものとした。驚くべきスケールと多層性のもと、アルフォンス・ファン・ヴォルデン(Alfons van Worden)の旅を3時間にわたって描き出し、歴史喜劇、スパイ映画、幻想物語や知的な娯楽など、さまざまに受容された。「映画全体の構造は単一の語りの流れに従っています。新たな要素を次々に足していくこの遊びは、ほとんど不条理なまでに推し進められる。これは、映画をがんじがらめにするドラマツルギーの秩序に慣れ切った私たちをからかう意味があるかもしれません」と、監督は『Film』誌の読者に説明している。1965年エディンバラ国際映画祭特別賞、サン・セバスティアン国際映画祭出品、外国人記者クラブ賞およびCIDALC賞受賞。1969年にシッチェス国際映画祭ファンタジー&ホラー部門特別賞、1971年にスペイン批評家賞を受賞。
1966『Szyfry(暗号)』(脚本:アンジェイ・キヨフスキ)
原作はアンジェイ・キヨフスキ(Andrzej Kijowski, 1928-1985)の短編小説。外国で長年過ごした後、主人公タデウシュはポーランドにやってくるが、この国で戦争の惨劇を生き延び、精神的な傷を負った近しい人たちと理解し合うことは難しい。戦時中に亡くなった息子の死について解明しようとするも、失敗に終わる。ドイツ人に殺されたのかもしれないが、ポーランド地下組織のメンバーに殺された可能性も否定できなかった。
1968『人形(Lalka)』(脚本:ヴォイチェフ・イェジー・ハス)
ポーランド文学史に燦然と輝くボレスワフ・プルス(Bolesław Prus, 1847-1912)による同名小説が原作。没落してなお高慢な貴族令嬢への破滅的な愛に自らの行動のすべてを委ねる、ワルシャワの商人スタニスワフ・ヴォクルスキ(Stanisław Wokulski)の物語。ハスはヴォクルスキの物語の重点を若干変えている。映画では、ハスを悲劇的な人物たらしめているのは報われない愛ではなく(熱情は目的の代わりにすぎない)、監督が言うように、ヴォクルスキの自尊心の欠如である。本作は細部まで緻密に描かれ、非常に絵画的で当時の雰囲気が見事に表現され、主演のマリウシュ・ドモホフスキ(Mariusz Dmochowski, 1930-1992)の素晴らしい演技も特筆に値する。原作であるプルスの小説『人形』は1977年、リシャルト・ベル(Ryszard Ber, 1933-2004)によってテレビドラマ化された。映画版・テレビドラマ版双方の作品と演技は視聴者の間で熱く議論され、互いの比較も熱心に行われた。1969年パナマ国際映画祭において最優秀作品賞を受賞するとともに、ステファン・マティヤシュキェヴィチ(Stefan Matyjaszkiewicz, 1927-1988)が最優秀撮影賞、マリウシュ・ドモホフスキとタデウシュ・フィイェフスキ(Tadeusz Fijewski, 1911-1978)が最優秀演技賞を獲得。
1973『砂時計(Sanatorium pod klepsydrą)』(脚本:ヴォイチェフ・イェジー・ハス)
原作はブルーノ・シュルツ(Bruno Schulz, 1892-1942)による小説。主人公ユゼフの「時間の結び目への旅」を詩的で造形的に洗練された方法で描く。ハス監督は原作の映画化にあたり、ホロコーストについての思索を加えている。シュルツの小説を、作者の悲劇的な死、そして彼が描写した世界の死を通して解釈し、出過ぎた行為だと批判されることもあった。1973年にカンヌ国際映画祭審査員賞を受賞。1974年にはトリエステ国際SF映画祭ゴールデン・アステロイド賞を受賞すると同時に、グダンスクで開催された第一回ポーランド映画祭〔1974-1986, 現在のグディニャ映画祭〕でイェジー・スカルジンスキ(Jerzy Skarżyński, 1924-2004)とアンジェイ・プウォツキ(Andrzej Płocki, 1931-2005)が舞台美術賞を授与された。
1982『Nieciekawa historia(退屈な話)』(脚本:ヴォイチェフ・イェジー・ハス)
原作はアントン・チェーホフの短編小説。解剖学の教授、ニコライ・スティパノヴィチは自身の存在を分析し、日常の単調な営みのみからなっており、意味がないことに気がつく。因習に縛られ、彼の人生に意味を与えてくれる女性との関係に踏み切ることができず、彼女に見放される。孤独のドラマ。失われた人生と無力感を描き出すハス作品の一つ。
1984『Pismak(記者のたまご)』(脚本:ヴワディスワフ・テルリツキ)
原作はヴワディスワフ・テルリツキ(Władysław Terlicki, 1933-1999)の小説。第一次世界大戦時。舞台は牢獄で、作家志望の記者が、金庫破りと修道士と一緒の監房に入れられる。記者にとって、この二人の人生は小説の題材にうってつけだった。ヤン・スウォドフスキ(Jan Słodowski)によると、「罪を犯した三人の孤独を探究する作品で、そのうち中心となる人物は、成長過程の芸術家・作家で、自己意識にとらわれている」。
1985『Osobisty pamiętnik grzesznika przez niego samego spisany(罪人日記)』(脚本:ヴォイチェフ・イェジー・ハス)
18世紀のスコットランド詩人、ジェイムズ・ホッグ(James Hogg)による小説が原作の、死後によみがえった男の物語。二人の異母兄弟の運命、そして悪魔により彼らの人生に降りかかる犯罪を描いたホラー映画である。1986年、ワグフ(Łagów)国際映画祭〔ルブシュ地方夏季映画祭〕でグジェゴシュ・ケンジェルスキ(Grzegorz Kędzierski)に最優秀撮影賞(金葡萄賞)、またグダンスクのポーランド映画祭で、音楽を手がけたイェジー・マクシミュク(Jerzy Maksymiuk)、舞台美術のアンジェイ・プシェトヴォルスキ(Andrzej Przedworski)にそれぞれ銅獅子賞が授与された。
1988『Niezwykła podróż Baltazara Kobera(バルタザール・コバーの試練)』(脚本:ヴォイチェフ・イェジー・ハス)
原作はフレデリック・トリスタン(Frédérick Tristan, 1931-2022)。16世紀後半、カトリックと新教のルター派が争う、異端審問時代。ドイツ東部の街バウツェン(Bautzen, ポーランド名:ブジシン Budziszyn)出身のバルタザールは神学校に入学するが、修了する運命にはない。死後の世界と接触を持つ「選ばれた者」として、稀有な冒険と旅が彼を待っていた。バルタザールは異端審問を免れ、現実が夢と交錯する。構想、構成と雰囲気ともに、『サラゴサの写本』を彷彿とさせる作品。1988年、グディニャ映画祭でヤヌシュ・ロスウ(Janusz Rosół)が最優秀音響賞を獲得。
ヴォイチェフ・イェジー・ハスはアダム・クチンスキ(Adam Kuczyński)監督のドキュメンタリー映画『Ze snu sen(夢から生まれた夢)』(1998)の主人公である。グジェゴシュ・ヤンコフスキ(Grzegorz Jankowski)とヤツェク・シュチェルバ(Jacek Szczerba)の映画『Jabłko. O Pożegnaniach Wojciecha Hasa(りんご――ヴォイチェフ・ハスの『別れ』について)』(1999)も制作されている。2005年にはヴィクトル・スクシネツキ(Wiktor Skrzynecki)監督によるハスについてのドキュメンタリー映画『Niekończący się sen(終わりのない夢)』が公開された。
執筆:エヴァ・ナヴイ(Ewa Nawój)、2003年7月、2025年9月18日改訂
日本語訳:柴田恭子(Yasuko Shibata)、2025年10月