芸術への光
ナタリア・コルチャコフスカ演出『AlphaGo_Lee. Teoria Poświęcenia』、2025年。写真:Natalia Kabanow / スタジオ劇場(ワルシャワ)
これと並行して、アーティストたちは少し前から、その場にいる観客との生きた接触が連想される演劇を、あえて仮想現実やAIと融合させ、物理的な存在と対峙する、または拡張されたデジタルな次元をそこに加える可能性を探求している。
少なくとも20年の間、アーティストたちは演劇と映画の手法を巧みに組み合わせ、舞台にライヴカメラを導入して俳優の表情・動きをクローズアップで記録したり、あらかじめ録画されたビデオを舞台上に映したりしてきた。それでも、演劇に映画的な要素が多すぎないか、主に俳優をスクリーン上で見ているのに、それでもまだ演劇と言えるのかという論争が、折に触れて再燃している。
2019年、仮想現実を駆使した演劇が、この規模の作品としては初めて主要な劇場で上演された時、さまざまなメディアの境界がさらに曖昧になった。『Nietota(ニェトタ)』はその短い公演期間にもかかわらず、今日まで、ポーランドでもっとも興味深い、多感覚演劇の実験とされている。
演出家クシシュトフ・ガルバチェフスキ(Krszysztof Garbaczewski)は、空っぽの舞台に観客を招いてバーチャルリアリティ(VR)ヘッドセットを渡した。その瞬間から、デジタル世界でコンピュータが生成したアバターに従って観客が動く一方、物理的な世界では、仮想現実に没入した観客が衝突しないよう俳優が見守り、双方で同時にスペクタクルが進行していく。ストーリーは複雑なものではなく、体験、楽しさと、観客が共同制作者として舞台劇を作り出すかのような、その可能性に重点が置かれた。
初公演のすぐ後、筆者はこの舞台(イベント?)に参加した観客にアンケート調査を行った。回答者たちは、デジタル技術で生成された世界を探検する際、めまいや頭痛、吐き気など、身体の不調を感じたと述べている。しかしそれにもかかわらず、回答者の大部分が、VR技術を積極的に活用する、この種のパフォーマンスへの参加に意欲を示した。
したがってポーランド演劇が、巷で人気が高まる一方の、生成AIに基づいた手法を用いていることは、驚くにあたらない。もっとも、その成果はまちまちだ。2024年には、AIを用いて劇場のポスターを作ることですら、強い反感を呼んだ。そのような行動に出た劇場には、グラフィックデザイナーやビジュアルアーティストの仕事を奪い、知的財産の盗用を常態化しているという非難が向けられた。広く出回っているコンテンツ生成ツールに、データベースに収められている、著名なアーティストの作品を学習させているからだ。ポーランドの劇場ポスターは長い伝統を誇り、長年、ポーランドの一流デザイナーや写真グラフィックデザイナーが手掛けてきた。著作権にまつわる根本的な問いが浮上したのはそのためだ。「作者とは、アイディアを持つ人間でしょうか、それとも、これらの指示を実行するAIでしょうか。私は、ポスターが芸術になるのは、アーティストが手を動かすことによってだと思っています」――ガルバチェフスキは2024年にこう述べたが、彼の意見が皆に共有されたわけではない。
SNS上では舞台映像の生成や音の可視化について論争が沸き起こり、それが今も続いている。特に舞台が、新技術やAI利用といったテーマに全く関係ない場合はなおさらだ。
しかし人工知能は、それだけで単独のテーマになり得る。アーティストたちは舞台の上から、AIにまつわる不安や葛藤について、観客に好んで語りかける。ナタリア・コルチャコフスカ(Natalia Korczakowska)は『AlphaGo_Lee. Teoria Poświęcenia(AlphaGo_リー:犠牲の理論)』において、韓国の囲碁チャンピオン、イ・セドル(Lee Sedol)と、DeepMindによって開発された人工知能搭載AlphaGoの、2016年の歴史的な対局を再現した。世界中の人々が、人間とコンピュータの、互角とは言えない、そしてエキサイティングな戦いを見守った。勝利を収めたのは、残念ながらアルゴリズムと、その背後の、手段を選ばず巨額の利益を増やそうとする、数百万ドル規模の企業だった。