ポーランドのスレイヤーSlayer
1983年秋オルシュティンOlsztynで結成された。結成メンバーはベース(結成ひと月後ギターに転向)のピーター(1965年10月22日オルシュティン生まれ)とギターのズビグニエフ・”ヴィカ”・ヴルブレフスキZbigniew "Vika" Wróblewskiだった。1989年までメンバーは頻繁に入れ替わった。コンサートは散発的に開催し、アルバムの録音はほとんど行わなかった。
この頃の最も重要なコンサートは、メタルとハードロックのフェスティバルMetalmaniaの第1回開催(1986)で行われたもので、ヴェイダーはポーランドのスレイヤーSlayerの名を馳せた。この頃唯一『Live In Dacay』を自費でカセットテープの形で発表。主にヴァルミンスキ大学で行われたコンサートを収録したものだった。ピーターとヴィカのほか当時のメンバーには、ヴォーカルのロベルト・”チャルヌィ”・チャルネタRobert "Czarny" Czarneta、ベースのロベルト・”アスタロス”・ストゥルチェフスキRobert "Astaroth" Struczewski、ドラマーのグジェゴシュ・”ベリアル”・ヤツコフスキGrzegorz "Belial" Jackowskiがいた。
デスメタル部門で最も売れたデモ
転機はヴィカ、チャルヌィ、アスタロス、ベリアルがグループを去った1989年に訪れた。ドラマーのクシシュトフ・”ドツェント”・ラチュコフスキKrzysztof "Docent" Raczkowskiが加わり、ピーターはヴォーカルも担当。二人はデモテープ『Necrolust』を発表した。全ての曲は1989年2月から3月にかけ、オルシュティンのポーランドラジオのスタジオStudio Polskiego Radiaで収録された。その後ベースのヤツェク・”ジャッキー”・カリシュJacek "Jackie" Kaliszが加わり、次のデモテープ『Morbid Reich』を発表した
『Morbid Reich』はマリウシュ・クミョウェクMariusz Kmiołekの運営するCarnage Recordsからリリースされた。クミョウェクはこれ以降、ヴェイダーのマネージャーとなり、成功の手助けをすることになる。このテープはヴェイダーにとって大きな転機となった。というのも「世界デスメタル史上、最も売れたデモテープ」として世界的に有名になったからだ。これにより、様々なメタル音楽を扱う大手のレコード会社への扉が開いた。
イヤーエイク・レコードEarache Records
ヴェイダーはイヤーエイク・レコードと契約、デビューアルバム『The Ultimate Incantation』を発表した。このアルバムはヴェイダーとポーランドロックにとって最も重要なアルバムとなった。ギターにヤロスワフ・”チャイナ”・ワビェニェツJarosław "China" Łabieniecを迎えたこともあって、同アルバムのサウンドは、重々しく過激になった。『The Ultimate Incantation』の代表曲は「Dark Age」で、ミュージック・ビデオも作られMTVでも頻繁に流された。なお、この人気番組のためにポーランドのバンドのミュージック・ビデオが作られたのは、これが初めてのことだった。
ピーターの親友パヴェウ・”アドリアン”・ヴァシレフスキPaweł "Adrian" Wasilewskiによって書かれた当時の歌詞は、興味深い方法で超自然世界を歌い、主にアレイスター・クロウリーAleister Crowleyとジョン・ホワイトサイド・パーソンズJohn Whiteside Parsonsのオカルト文学に言及している。その後、ヴェイダーの歌詞担当者は何度も替わり、その中には、ヘヴィメタル雑誌「Thrash 'Em All」の記者パヴェウ・フレリクPaweł Frelik、ストラシドゥウォ・フェスティバルFestiwal S'thrash'ydłoとPagan Recordsの創設者であるトマシュ・クライェフスキTomasz Krajewski、ウカシュ・シュミンスキŁukasz Szumiński、MySpaceにヴェイダーのページを作ったハリー・マートHarry Maatらがいる。ピーター自身も書いた。歌詞の内容も変化し、異教信仰を頻繁に扱ったり、人間の暗い本性や宗教を背景とした争いに満ちた現代社会を描こうと試みたりしている。
世界ツアー
『The Ultimate Incantation』発表後、ヴェイダーは海外コンサートツアーを開始。1993年2月、ボルト・スロワーBolt ThrowerとグレイヴGraveとの西欧ツアーを皮切りに、三ヶ月後には大西洋を越え、北アメリカをディーサイドDeicide、ディスメンバーDismemberと共に横断した。同年末にはプロレタリヤトProletaryatとポーランド国内ツアーも行う。それまでにメタルグループがパンクロックグループとツアーをした例はなく、これは当時国内では革新的な出来事だった。数ヶ月後、同ツアー中のコンサートの一つがアルバム『The Darkest Age – Live '93』としてリリースされた。
1994年初めカリシュの代わりにレシェク・”シャンボ”・ラコフスキLeszek "Shambo" Rakowskiが加わり、ミニアルバム『Sothis』を録音した。だがイヤーエイク社との契約に不満を感じていたヴェイダーは、同社との契約を解消。それ以降のアルバムはさほど有名ではない会社から発表した。その後の数年間にはフルアルバムの他、未発表の作品やカバー曲を収録したミニアルバムもいくつか発表している。ミニアルバム『Sothis』の後に発表された『De Profundis』では、ジャケットを世界的に有名なアメリカのグラフィックデザイナーWes Benscoterが手がけた。この『De Profundis』でヴェイダーの人気は持ち直し、日本では、ヘヴィメタルの輸入アルバム部門で数週間上位をキープし、大評判を得た。同アルバムを引っさげ、再びヨーロッパツアーを行った。
1996年には二枚のアルバムが発表された。一枚目の『Reborn In Chaos』にはデモカセットの『Necrolust』と『Morbid Reich』を収録、二枚目の『Future Of The Past』では彼らのお気に入りのアーティスト(ブラック・サバスBlack Sabbath、セルティック・フロストCeltic Frost、カトKat、デペッシュ・モードDepeche Modeほか)のリメイクを収録した。1998年2月、チャイナŁabieniecが脱退し、代わりにマウリツィ・“マウザー”・ステファノヴィチMaurycy "Mauser" Stefanowiczが参加し、二回目の北米ツアーを行った。
Back To The Blind
新体制で彼らの代表作の一つとなる『Back To The Blind』を録音。過激なデスメタルとスラッシュメタルのパワーを融合させ、アルバムのタイトルにもなった曲は、テンポがスリリングに変化するのが特徴の傑作である。『Back To The Blind』でヴェイダーはデスメタル業界で最高位に就いた。それは世界の約半分をツアーで巡ったことでも証明されている。日本ではクラブQuatrroで演奏し、その後ライブアルバム『Live In Japan』もリリースした。
一年後に発表されたミニアルバム『Kingdom』はある意味で『Back To The Blind』を補完するものだった。『Kingdom』には、ヴェイダーには珍しいインダストリアルの手法を用いた二つのリミックスが収録されている(このうちの一つを手がけたのはドツェント)。
『Kingdom』発表後にドラマーが事故に遭い、コンサートの一部はグループYatteringのゾンベクZąbekが代わりに参加した。ドラマーはその後回復し、次のツアーには復帰してアルバム『Litany』収録にも参加。同アルバムリリース後、ヴェイダーは初めてヘッドライナーとしてアメリカツアーを行った。
この頃から世界中で年間200余りのコンサートをこなすようになる。他の著名なグループの前座をすることもあるが、主に自分達がメインのコンサートを行っている。アルバム『Revelations』はラコフスキに代わって、コンラッド・”サイモン”・カルフトKonrad "Saimon" Karchutと共に録音。『Revelations』は「Records Collector」誌によって2002年度の全音楽部門でベストアルバムのうちの一つに選ばれた。サイモンがヴェイダーにいたのは二年足らずで、彼の代わりにマルチン・“ノヴィ”・ノヴァクMarcin "Novy" Nowakが加わる。ノヴィと共にプシスタネク・ウッドストックPrzystanek Woodstock (Woodstock Festival Poland)で国内最大規模のコンサートを行った。
フェスティバルとメンバー交代
ヴェイダーは有名なヨーロッパの音楽フェスティバルにもよく招待されるようになる。2003年以降、ドイツのヴァッケン・オープン・エアWacken Open Air、Battle Of Metal、Queens Of Metal Open Air、イギリスのDeathfest、ベルギーGraspop Metal Meeting、チェコBrutal Assault、仏Hellfest、ポーランドのMetalmania、Hunterfest、Metal Hammer Festivalほかに出場している。
2004年初め、『The Beast』収録中にドツェントが手を負傷。彼に代わってダリウシュ・”ダレイ”・ブジョゾフスキDariusz "Daray" Brzozowskiが入った。このメンバー交代は元に戻ることはなかった。ドツェントは怪我が治ってもヴェイダーには戻らず、2005年8月20日死去したのである(間接的死因は麻薬)。『The Beast』は古典的スラッシュメタルを目指したアルバムだったが、人気のないアルバムの一つとなった。2005年5月、シロンスク・スタジアムでメタリカMetallicaとスリップノットSlipknotの前座を務める。同年ミニアルバム『The Art Of War』を発表、死去したドラマーのドツェントに捧げた。
2006年にリリースされた『Impressions In Blood』ではエキサイティングなデスメタルに戻った。歌詞は人間の様々な局面に現れる血をモチーフにして書かれた。特に『Helleluyah (God Is Dead)』は物議を醸した。この曲の歌詞でピーターは宗教を背景としたテロ、戦争を扱っている。同アルバムのプロモーション・コンサートは撮影され、DVD 『...And Blood Was Shed In Warsaw』として発売された(一部CDからも収録)。『Impressions In Blood』は世界ツアーで演奏され、ヴェイダーは初めてオーストリアでもツアーを行った。
ヴェイダー25周年
2008年は結成25周年だった。「XXV-Anniversary Tour」と銘打ってヨーロッパツアーを行った。ツアーの最後はワルシャワのクラブ、ストドワStodołaで特別コンサートを開催し、ヴェイダーと親交のあるバンド、スイスのサマエルSamael、スウェーデンのエントゥームドEntombed、マーダックMardukらが参加した。アルバム『XXV』もリリースし、これまでのヴェイダーのベスト曲を収録した。この頃ノヴィ、マウザー、ダレイが脱退。代わりにベースにはトマシュ・“レヤシュ”・レイェクTomasz "Reyash" Rejek、ギターにはヴァツワフ・“ヴォグ”・キェウティカWacław "Vogg" Kiełtyka、ドラムにはパヴェウ・“ポール”・ヤロシェヴィチPaweł "Paul" Jaroszewiczが入った。
だが、次のアルバム『Necropolis』はピーターとポールのみで収録された。(それ以前のアルバムでもピーターが一人でギターの全パートを弾くことがよくあった。アルバムジャケットにはグループ全員の名前が記載されているが。)『Necropolis』はガレージロック調で、再び自分たちの源流であるスラッシュに戻った。このアルバムからヴェイダーは、ヘヴィメタル、エクストリーム・メタルの主要レーベルであるニュークリア・ブラストNuclear Blast社と契約している。2009年末ヴォグが抜けてマレク・“スパイダー”・パヨンクMarek "Spider" Pająkが加わるが、翌年4月のOverkillとのアメリカツアーではスパイダーの代わりにMarco Martellが出演した(スパイダーにアメリカのビザが下りなかったため)。
初のフレデリク賞、初の伝記本
2011年ヴェイダーは『Welcome To The Morbid Reich』収録の準備に取り掛かった。メンバーの入れ替わりもあり、レヤシュの代わりにトマシュ・“ハル”・ハリツキTomasz "Hal" Halickiが、そしてポールの代わりに若手の英国人ジェームス・スチュアートJames Stewartが加わった。アルバム『Welcome…』は国内で好評を博し、ヒットチャートの6位に入り、ドイツやスイス、フランス、アメリカでも上位ランキング入りした。2012年には初のフレデリク賞(メタル部門)を受賞している。
2014年に10枚目のアルバムを発表、制作にゲストとしてキーボードのクシシュトフ・“ジグマル”・オロシKrzysztof "Siegmar" Olośとヴォーカルのマルタ・ガブリエルMarta Gabrielの二人を迎えた。『Tibi et Igni』(あなたと火のために)はアルバム『Welcome…』のプロモーションツアーにも参加した英国のドラマー、ジェームス・スチュアートと初めて録音したアルバムである。
2014年には、ヴェイダー初の伝記本『ヴェイダー. トータルウォー(総力戦)Vader. Wojna totalna』が出版された。著者はメタル音楽ジャーナリストのヤレク・シュブリフトJarek Szubrychtで、ヴェイダー作品のファンでもある。
ヴェイダーは二年後に11枚目のアルバム『The Empire』をリリースし、クラシックデスメタル、スラッシュメタルにおける立ち位置を証明してみせた。疲れを知らぬボーカリストであり、叫び続ける気力に満ちているピーターが、同アルバム曲のほとんどの作詞、作曲を行なっている。ドラムマシーンのように精密に演奏するジェームス・スチュアートもこのアルバムの売りである。
ディスコグラフィ:
- Live In Dacay (MC), 1988, デモ.
- Necrolust (MC), 1988 デモ; CD初版, 1996, Listenable Records.
- Morbid Reich (MC), 1990, Carnage Records; CD初版, 1996, Listenable Records.
- The Ultimate Incantation (MC), 1992, Carnage Records 1992 (CD, LP), 1992, Earache Records (ヨーロッパ, アメリカ).
- The Darkest Age – Live '93 (CD), 1994, Baron Records 1994; 重要な外国CD版 – 1996, Arctic Serenades (ヨーロッパ); 1999, Pavement Music (アメリカ).
- Sothis (mCD), 1994, Baron Records.
- De Profundis (CD), 1995, Croon Records; 1996, Impact Records (ヨーロッパ); 1997, Conquest Music (アメリカ); 1997, Avalon / Marquee (日本).
- Future Of The Past (CD), 1996 Koch International; 1996, Impact Records (ヨーロッパ); 1998, Pavement Music (アメリカ); 1997, Avalon / Marquee (日本).
- Black To The Blind (CD), 1997, Koch International; 1997, Impact Records (ヨーロッパ); 1997, Marquee / Belle Antique (日本); 1998, Pavement Music (アメリカ).
- Kingdom (mCD), 1998, Metal Mind Records; 1998, Pavement Music (アメリカ).
- Vision And Voice (VHS), 1998, Metal Mind Productions; (DVD) 2002 More Visions & Voiceとして, Metal Mind Productions.
- Live In Japan (CD), 1998, Metal Mind Records; 1998, Impact / System Shock (ヨーロッパ); 1999, Pavement Music (アメリカ); 2000, Marquee / Avalon (日本).
- Litany (CD), 2000, Metal Mind Records; 2000, Avalon / Marquee (日本); (CD, LP), 2000, Metal Blade (ヨーロッパ, アメリカ).
- Reign Forever World (mCD), 2001, Metal Mind Records; 2001, Metal Blade (ヨーロッパ); 2001, Avalon / Marquee (日本).
- Armageddon – The Best Of (CD), 2002, System Shock (アメリカ).
- Revelations (CD), 2002, Metal Mind Records; 2002, Avalon / Marquee (日本); (LP, CD), Metal Blade (ヨーロッパ, アメリカ).
- Blood (mCD), 2003, Metal Mind Records; 2003, Metal Blade (ヨーロッパ, アメリカ).
- Beware The Beast (mCD), 2004, Empire Records.
- The Beast (CD), 2004, Metal Mind Records; 2004, Avalon / Marquee (日本); (LP, CD), 2004, Metal Blade (ヨーロッパ, アメリカ).
- Night Of The Apocalypse (DVD), 2005, Metal Mind Productions.
- The Art Of War (mCD), 2005, Mystic Production; 2005, Candlelight Records (アメリカ); (mLP, mCD), 2005, Regain Records (ヨーロッパ).
- Impressions In Blood (CD), 2006, Mystic Production; 2006, Candlelight Records (アメリカ); 2006; Avalon / Marquee (日本); (LP, CD), 2006/2007, Regain Records (ヨーロッパ).
- ...And Blood Was Shed in Warsaw (DVD+CD), 2007, Metal Mind Productions.
- XXV (2CD); 2008, Mystic Production; 2008, Regain Records (ヨーロッパ); 2008, Candlelight Records (アメリカ).
- Necropolis (CD, LP), 2009, Nuclear Blast.
- Welcome To The Morbid Reich (CD, LP), 2011, Nuclear Blast.
- Tibi Et Igni (CD, LP), 2014, Nuclear Blast.
執筆:Leszek Gnoiński、2011.8、記事更新:fl、2014
日本語訳:YA、2018.01