この一年後、シュペフトはレパートリーシアターで上演された『ある島の可能性 [Możliwości wyspy] 』(ミシェル・ウエルベック [Michel Houellebecq] 作)の舞台化で本格的なデビューを果たすが、前年発表の『私を愛したイルカ』への反響は非常に大きく、マルセイユ、ハノーバー、ワルシャワ、ブカレストなど、ヨーロッパ各地で上演されている。
この作品は、1960年代にNASAが実際に行なった「人間とイルカの対話実験」にインスピレーションを受けて制作されたもので、その視点と演出は「演劇的実験」とも呼べるものだろう。作中ではドキュメンタリー資料やイルカの鳴き声が使われ、役者は若い研究者とイルカの関係性を即興演技で表現する。
カリブの秘密研究施設で行われた実験は、彼女の手によって、科学と形而上学の中で複雑に紡がれる感情の物語となった。
現代社会ならではのテーマ性と新しい表現の追求
先に触れた『ある島の可能性』(TR Warszawa)では、テクノロジーに支配された世界の中で「絆をどう守り抜くか」という現代的な問いに、脚本家 ミハウ・ブシェヴィチ [Michał Buszewicz] とともに取り組んだ。演劇評論家のヴィトルド・ムロジェク [Witold Mrozek] は、ガゼタ・ヴィボルチ [Gazeta Wyborcza] 紙で、この作品を「長編演劇ファンへの新しい提案」と評し、こう書いている。
「『ある島の可能性』は、個々の小さな世界の交わり、終盤の映像でクライマックスを迎える断片的な舞台場面といった、複数の演劇的要素から成り立っている。パフォーマンスが次々とスクリーンに映し出され、リベラ(舞台演出家)のインスタレーション空間へ、ゆっくりと流れてゆく。我々はそこで、鬱々としてあまりにもユーモアがないドラヴネル(役者)の姿を、ユーモラスな形で目撃することになるのだ。(以下略)」
マグダ・シュペフトは、ヴァウブジフ [Wałbrzych] のテアトル・ドラマティチニ [Teatr Dramatyczny] でも『シューベルト。12人の演奏家によるロマンチックな第一弦楽四重奏 [Schubert. Romantyczna Kompozycja na 12 wykonawców i Kwartet Smyczkowy] 』という作品を制作している。
この作品はのちに、2016年の国際演劇祭「神曲」の第1回若手作家コンクール「パラディーゾ」で優勝し絶賛された。批評家も「2016年初演の舞台で最も面白かった作品」の一つにシュペフトの作品を挙げている。
この作品での彼女の役割は、作曲家フランツ・シューベルトの生涯を語ることではない。彼の人生については、舞台上に現れる彼の日記の断片でのみ語られ、観客はシューベルトのオリジナル曲ではなく、ヴォイテク・ブレハシ [Wojtek Blecharz] が新たな音楽解釈によって制作したアレンジ曲を耳にする。広報資料によれば、『シューベルト...』は、世代を超えた音楽の力に焦点をあてた作品だ。キャストの半数はスデティ第三世代大学の学生で構成され、彼ら一人一人にプロの役者がついて演技指導が行なわれたという。パヴェウ・ソシンスキ [Paweł Soszyński] は、dwutygodnik.comの記事で、この作品を次のように評した。
「ヴァウブジフで上演された『シューベルト』は、ロマン主義に深い視点で切り込んだ作品だ。それは事実を真正面から捉えた世界ではなく、劇中に登場する音楽のように、逐語的で曖昧なものに思われる。(中略)マグダ・シュペフトによる新作は、暗く重々しい空気の中にも鋭い皮肉を内包する作品となっている。」
インスタレーションと演劇の境界にある魅力
2016年、シュペフトは、ルブリン [Lublin] のテアトル・オステルヴィ [Teatr Osterwy] で、ゲーテの『若きウェルテルの悩み』を元にしたパフォーマンス・インスタレーション『なぜあなたに手紙を書かないのか [czemu do Ciebie nie piszę?] 』の演出を手がけ、翌年には、クラクフのテアトル・スウォヴァツキ [Teatr im. Juliusza Słowackiego] で、無名に近かった米国人作家、デルモア・シュウォーツ [Delmore Schwartz] の小説『夢の中で責任がはじまる [In Dreams Begin Responsibilities] を舞台化。
こうした彼女のめざましい活躍と創造性に富んだ物語解釈は、コシャリン [Koszalin] で行われた第8回若手演劇祭「mteatr」の審査員にも評価され、同フェスティバル内でグランプリ賞を獲得した。
受賞理由については、「観客に、各々がどこまで舞台に参加するかを委ねるような設計であり、演劇とインスタレーションの境界で作り出された新しい形の作品であること」などが挙げられ、若い世代が作り上げる新しい舞台の形に、今後も更なる期待が寄せられている。
マグダ・シュペフト - Magda Szpecht
1990年 ポーランド イェレニャ・グラ出身。国立クラクフ演劇大学演出学科、およびヴロツワフ大学ジャーナリズム学科(クリエイティヴ・ライティング専攻)卒業。2014年、ベルリンの演劇祭 「100° Berlin Festival」で『私を愛したイルカ』が審査員賞を受賞し注目を集める。その後も、古典演劇に縛られない新しい演出やテーマ性を積極的に取り入れ、精力的に活動を続けている。
参考文献:広報資料、TR Warszawa、Teatr Dramatyczny w Wałbrzychu、dwutygodnik.com
作成:AL
日本語下訳:岩田美保 編集:野又菜帆、YNA 2017年12月