両親は国立民族歌舞団マゾフシェZespoł Tańca i Pieśni Mazowszeの団員という芸術一家。アンナは歌舞団の楽屋で育った。ポーランド・ラジオPolskie Radioで最初の歌を録音したのはわずか3歳の時。7歳で音楽学校のピアノ科で音楽の勉強を開始。ワルシャワの国立フィルハーモニーでデビューしたのは12歳の時である。その後ワルシャワのショパン音楽大学でヤン・エキェルJan Ekier教授指導のもとピアノ科を卒業。ニューヨークのマンハッタン音楽学校のジャズ科でも勉強を始め、ワルシャワ大学の哲学科でも学んだ。同時に、父親の先生でもあった伝説のダリア・イヴィンスカDaria Iwińska教授からも個人教授を受けた。フレデリック・ショパン協会およびニューヨーク州コロンビア大学の奨学生でもある。
1997年ダブリンで行われたユーロビジョン・ソング・コンテストではポーランド代表として出場し、『Ale jestem』(But I Am)で11位に入賞。数ヶ月後にはユニバーサル・ミュージックと契約を結び、同タイトルのデビューアルバムを発表、ゴールドディスクを獲得した。現在も同事務所に所属している。
2002年世界的に有名なアメリカのギタリスト、パット・メセニーPat Methenyとアルバム『Upojenie』(Rapture)を録音した。ボビー・マクファーリンBobby McFerrin、イヴァン・リンスIvan Lins、ユッスー・ンドゥールYoussou N'Dour、小曽根真、リチャード・ボナRichard Bona、オスカー・カストロ・ネヴィスOscar Castro-Neves、ゴンサロ・ルバルカバGonzalo Rubalcabaなどの最高の音楽家達とも共演している。ポーランド音楽界の大物達、イェレミ・プシボラJeremi Przybora、トマシュ・スタンコTomasz Stańko、マレク・グレフタMarek Grechuta、ヤヌシュ・オレイニチャクJanusz Olejniczak、カヤKayah、グジェゴシュ・トゥルナウGrzegorz Turnau、スタシェク・ソイカStaszek Soyka、ペルフェクトPerfect、Sweet Noise、レシェク・モジジェルLeszek Możdżer、ウルシュラ・ドゥジャクUrszula Dudziakとも共演、レコーディングを行った。
2016年ポーランドで行われたスティングStingのコンサートでは、スティングとヒット曲「Fragile」をデュエット。また、現代音楽祭「ワルシャワの秋Warszawska Jesień」にも出演。カーネギーホールではポーランドのロックグループ、スカルドヴェSkaldowieとも共演した。米国やカナダ、欧州全土から日本に至るまで、世界各地でコンサートを行っており、日本ではアジア最大級のジャズイベント「東京JAZZ」に出場した。その他、ハリウッド・ボウル、ロイヤル・フェスティバル・ホール、東京オペラシティー、テルアビブのオペラ劇場、東京ブルーノート、サントリーホールなどの国際的に権威のあるステージで歌ってきた。ピーター・ガブリエルPeter Gabrielの設立したリアル・ワールド・レコードReal World Recordsスタジオやロンドンのアビイ・ロードAbbey Roadスタジオ、ニューヨークのパワー・ステーションPower Stationでもレコーディングを行った。
アンナ・マリア・ヨペックはジャズ、ポップス、民族音楽、そして詩の間を揺れ動きながら、独自の音楽を作り出した。彼女の音楽性と声質は、自身も強調しているように、従来のカテゴリーに収まらない。自分の音楽について、ヨペックはこう語る。
「私をジャズのカテゴリーに収めないでください。ポップでも、民族音楽でもありません。私の音楽の源流は一つではないのです。ジャズは、その自由さ、ハーモニー、時間感覚においてとりわけ重要ですが、でも私はポーランド民謡と共に育ちました。だから、私にはある意味スラヴ音楽が染み込んでいるんです。」
ヨペックは 「芸術で最も重要なのは真実であり、芸術/真実を理解できる者は、[何語で表現されていようとも]理解できるのだ。」という言葉を信じてポーランド語で歌っている。
ポーランド国内ではスターだと称賛され、ポーランドの芸術を世界に広めた功績を認められてブロニスワフ・コモロフスキ大統領から授与されたポーランド復興勲章を含め、あらゆる権威ある賞を受賞している。
1994年ヴィーツェプスクWitebsk(ベラルーシ)のフェスティヴァルではミシェル・ルグランMichel Legrand個人賞を受賞。1998年にはフレデリックFryderyk賞(ポーランドのグラミー賞)レコード新人賞をアルバム『Ale jestem』で受賞。2002年にはフレデリックFryderyk賞(シンガー賞、プロデュース賞)、2003年には「ポリティカPolityka」誌によるパスポートPaszport賞、ヴィクターWiktor賞、プロメテウス・ステージ賞Nagroda Artystyczna Polskiej Estrady "Prometeusz"、エンピック・エースAsy Empiku賞を受賞。2004年には2003年度ヴィクター賞を歌手部門で受賞、2006年にはポーランド「Jazz Forum」誌読者投票により2005年度ベスト・ヴォーカリストに選ばれた。
2008年12月14日、38歳の誕生日に『Dwa Serduszka Cztery Oczy』(二つのハート四つの瞳)CD三枚組BOXセットをリリース。これにより『ID』プロジェクトを締めくくり、しばらくの音楽活動休止を発表した。セット内容はアルバム『ID』、『Jo&Co』と未発表曲14曲から成る『Spoza』、約90枚の写真を含む特別ブックレットである。
2011年に音楽活動を再開。三枚のアルバムを同時リリースした。『Haiku』(小曽根真との共作)、『Sobremesa』、『Polanna』である。最初の二枚は外国の文化に着想を得てその地域のアーティストと共に作り上げた。『Haiku』は日本をテーマとし、『Sobremesa』にはポルトガル、アフリカ、ブラジルの音楽家が参加した。『Polanna』はポーランドの伝統音楽にインスピレーションを得ている。このアルバムには、キューバのピアニスト、ゴンサロ・ルバルカバGonzalo Rubalcaba、マルチ楽器奏者マリア・ポミャノフスカMaria Pomianowska、チェロ奏者ラファウ・クフィアトコフスキRafał Kwiatkowskiが参加。ゲストにスタニスワフ・ソイカStanisław Soykaを迎えた。
五年前からは演劇にも活動の場を広げている。国際的な劇団Teatr Pieśń Kozła / Song of the Goat Theatre(シアター山羊の歌)と演劇『Return to the Voice』で共演。この演劇は舞台監督グジェゴシュ・ブラルGrzegorz Bral、マチェイ・リフウィMaciej Rychły、作曲家ジャン=クロード・アクアヴィヴァJean Claude Acquavivaによるもので、ゲールやスコットランドの悲歌、賛美歌などに基づいている。2014年初演。ヨペックは芸術家の共同体で暮らし、スコットランドで1ヶ月間毎晩エディンバラ・フェスティバル・フリンジに出演した。
ルブリンのテアトル・スタリィTeatr Staryではポーランド演劇の伝説レシェク・モンジクLeszek Mądzik教授が演出した『Czas Kobiety』(女性の時間)に出演。音楽も担当した。
また約10年に渡りBMW JazzClubプロジェクトの最前線で活躍している。毎年新しい音楽プロジェクトを立ち上げ、異なるジャンルの音楽を結びつけている。同プロジェクトでブランフォード・マルサリスBranford Marsalis、リチャード・ボナRichard Bona、小曽根真、トマシュ・スタンコTomasz Stańkoらと共演した。
2017年にリリースしたアルバム『Minione』では、戦前に流行った魅惑のポーランド・タンゴを蘇らせた。レコーディングは現代ピアノ即興演奏の第一人者ゴンサロ・ルバルカバGonzalo Rubalcabaと彼のジャズトリオと共に行い、中でも収録曲の「Rebeca」や「Twe usta kłamią」(Your Lips Lie)は彼らに強い印象を与えたという。これらの作品はヴォーカル音楽の過去と未来をつなげ、またポーランド、キューバ、ユダヤ、アルゼンチン、アメリカといった様々な文化を融合した。アルバムはダブル・プラチナディスクを受賞。
同年、演劇『Czas Kobiety』のためにロベルト・クビシンRobert Kubiszynと共作した音楽を収録したアルバムも発表。
現在ワルシャワとリスボンを拠点に活動している。私生活では音楽ジャーナリスト、マルチン・クィドリンスキMarcin Kydryńskiの妻で、子どもたちと猫をこよなく愛し、ハーフマラソンを趣味としている。
ディスコグラフィ(一部):
- Ale jestem (Mercury/PolyGram 1997)
デビューアルバム。民族音楽に創造的にアプローチする才能を示した。アンナのために友人らが書いた歌も含む。丁寧に作られた音楽。アンナの作品の中でおそらく最もポップに近い。 - Szeptem (Mercury/PolyGram 1998)
初のソロとしてレコーディングされた親密な雰囲気のバラード曲は、ポーランドの美しい伝統音楽に捧げられている。小さなアンサンブル、あるいはピアノとヴォーカルのデュエットのために、アンナと彼女のバンドが編曲を施した。ヨペックの作品の中でもとりわけ純粋で、穏やかで、古典的なアルバム。2枚目のCDはワルシャワ・フィルハーモニーFilharmonia Narodowa w Warszawieで開催した特別コンサートから収録。ポーランドジャズの巨匠が出演した。 - Jasnosłyszenie (Universal Music 1999)
作り込まれていないラフさが魅力のアルバム。ポップ民族音楽ともいうべき曲目は、スラヴ、サハラ、アルメニア、ジャマイカなど様々な伝統に源流を持つ。ありきたりではない、独創的なアプローチを探求している。 - Dzisiaj z Betleyem (Universal Music 1999)
ポーランドの伝統的なクリスマス・キャロルのアルバム。編曲の魔術師パヴェウ・ベトレイPaweł Betleyとの共作。収録はデュエットで行われたが、オーケストラ、少年合唱団、民族合唱団などの音が入っている。多重録音の傑作であり、稀有な一枚。 - Bosa (Universal Music 2000)
スラヴ伝統音楽の旋律、ジャズを源流とするハーモニーに大胆な独自解釈を加え、ポーランドの即興音楽の名手が参加した素晴らしい一枚。 - Barefoot (Emarcy / Universal Music 2002)
好評を博した『Bosa』の新ヴァージョン。コンセプトは基本的に同じで、ジャケットも『Bosa』と変わらないが、約30分の新曲が収録された。情熱的で、激しく、時に奇妙でさえあるが、変わらぬ誠実さと永遠の美を伝える。エマーシー・レコードEmArcyからリリースされたアンナのヨーロッパデビュー作。 - Nienasycenie (Universal Music 2002)
独創的だが耳に残る歌、濃密なハーモニー、変拍子、ジャズのソロ、ループ…アンナの音楽の多様な側面が一枚で聴けるのは、おそらくこのアルバムだけだろう。聴けばすぐに彼女のものとわかる、一貫した独自の音楽を作り出し、ポーランドの作詞作曲界に存在感を示した。 - Upojenie (Warner Music 2002)
『Upojenie:パット・メセニーPat Methenyとアンナ・マリア・ヨペックとその仲間』は前例のない試みだった。現代音楽の第一人者で、高い人気を誇る音楽家が、無名の歌手とその仲間と共にアルバムを作ることに承諾したのである。素晴らしい14曲が収録されたアルバムは10万枚を売り上げ、瞬く間に歴史的な一枚となった。作曲の巨匠であり、即興演奏家、グラミー賞を20回も受賞しているパット・メセニーと作り上げたこのアルバムには、アンナと彼女のプロデューサーであり、音楽のパートナー、夫でもあるマルチン・クィドリンスキMarcin Kydryńskiが書いた、この上なく美しい歌が収められた。また批評家やファンが「現代におけるギターの天才が弾いた最高傑作」と絶賛する数曲も含まれる。 - Upojenie (Nonesuch Records 2008)
『Upojenie』はノンサッチ・レコードNonesuch からパット・メセニーのアルバムとして2008年10月にリリースされた。非常に名誉なことで、これまでパット・メセニーのアルバムジャケットに「&」を使って登場したのはチャーリー・ヘイデンCharlie Haden、ジム・ホールJim Hall、そしてブラッド・メルドーBrad Mehldauだけであった。『Upojenie』の国際版にはマルチン・クィドリンスキとパット・メセニーが英訳した歌詞、パット、アンナ、マルチンの書いた短い文章も含まれ、さらに重要なことには未発表の3曲も収録されている(このうちの2曲はワルシャワの議事堂で開催された記念コンサートで収録)。著名なプロデューサー、マット・ピアソンMatt Piersonが5年前に提案した通りに曲順も変えられた。 - Niebo (Universal Music 2005), DVDヴァージョン (Universal Music 2006)
三年ぶり待望のスタジオ・アルバム。『Niebo / Heaven』にはポーランドジャズの巨匠が登場。パット・メセニー、マイルス・デイヴィスMiles Davis、スティングStingと共演した有名なパーカッション奏者、ミノ・シネルMino Cineluも参加している。 - Farat (Universal Music 2007)
自由なエネルギーと喜びに満ち、集団即興を盛り込んだライヴ・アルバム。ラジオ向きと言っていいような古典的な優しいラヴソングに始まり、アップビートの激しいエンターテイメント、そしてフリー志向の真のジャズが披露される。DJと電子音楽の時代への挑戦。本物の音楽のライヴ演奏、チャンスを掴み、危険を冒し、そして勝利する…アンナと彼女のバンドにとってはこれが大事なのだ。紛れもない傑作。DVD版には10曲のボーナス・トラックと別ヴァージョン、さらに2時間のドキュメンタリー映像を追加。 - ID (Anna Maria Jopek Music / EmArcy 2008)
アンナ・マリア・ヨペック(ヴォーカル&ピアノ)、ミノ・シネルMino Cinelu、マヌ・カチェManu Katche(パーカッション)、クリスチャン・マクブライドChristian McBride、リチャード・ボナRichard Bona(ベース)、トルド・グスタフセンTord Gustavsen(ピアノ)、オスカー・カストロ・ネヴィスOscar Castro-Neves(ギター)、ブランフォード・マルサリスBranford Marsalis(サクソフォン)、ダファー・ヨーゼフDhafer Youssef(ヴォーカル&ウード)、アルヴェ・ヘンリクセンArve Henriksen(ヴォーカル&トランペット)、レシェク・モジュジェルLeszek Możdżer(ピアノ)、マレク・ナピュルコフスキMarek Napiórkowski(ギター)、クシシュトフ・ヘルジンKrzysztof Herdzin、パヴェウ・ザレツキPaweł Zarecki(キーボード)。 - JO & CO (Universal Music 2008) ― コンサート・アルバム
- Dwa serduszka, cztery oczy (AMJ MUSIC 2008) ― 特別版ボックスセット
- Haiku (Universal Music Polska 2011)
- Sobremesa (Universal Music Polska 2011)
- Polanna (Universal Music Polska 2011)
- Lustra (2011) ― 『Polanna』、『Haiku』、『Sobremesa』の三枚のアルバムが入ったコレクターズBOX。アンナ自身の解説文と、『ID』と『Dwa Serduszka Cztery Oczy』発表以降の三年間を100枚の写真で綴るフォトブック付き。
- Minione(アンナ・マリア・ヨペック&ゴンサロ・ルバルカバGonzalo Rubalcaba 2017)ゴンサロ・ルバルカバが編曲・プロデュースを手がけた。オーディオマニアもうなる高音質のレコーディングは、グラミー賞を何度も受賞しているカルロス・アルバレジCarlos Alvarezの手によるもので、フロリダの伝説的スタジオ、ザ・ヒット・ファクトリー・クライテリア・マイアミThe Hit Factory Criteria Miamiで行われた。
- Czas Kobiety (AMJ MUSIC 2017)
執筆:Marek Romański, 2008.12、記事更新:AM, 2014.10、更新:2017.11
日本語訳:YA,2017.12