日常生活用品デザインの分野における最初の達成を示す好例は、展示「普通の品々」のキュレーターを務めたチェスワヴァ・フレイリヒ教授が収集した物たちである。1990年のデザインでは、例えば、イェジ・ランギェルが家具会社 Eljot[1] のために設計した肘掛け椅子「Cello」、ジャネタ・ゴヴェンロックのハロゲン照明システム、興味深いガラス陶器デザインなどがある。
工匠分野の発展が加速したのは、ポーランドがEUに加盟した後である。デザインは、製品の競争性に影響を及ぼす本質的な要素となり、その価値が次第に認識され、次第に意識的に適用されるようになった。他のヨーロッパ諸国同様、ポーランドでも近年のデザイン・シーンには、仕事の方法がはっきりと3通り現れた――大量生産を行うメーカーのために仕事をするデザイナー、短期生産サイクルで製造を計画する独立していて作家性の強いブランド、そして非商業的デザインを行う(複製を作らないことが多い)作家である。
ブランド・プロモーションの武器としての工匠――ポーランド人の自宅内装
大量生産に加わっているのは、最大大手のデザイン・スタジオである。大企業と協働して、そのために個別のデザインを作るだけではなく、デザインに基づく発展戦略の策定を支援している。例えば、 Projektowe (プロイェクtヴェ)(設計集団)、Inno Design、 Marad Design、 Studio Rygalik (ルィガリク)、Kompott Studio がそれだ。彼らの作るデザインにおいて、最も重要なのは人間工学と機能性であり、デザイナーは生産経費に細心の注意を払い、美的見地からも彼らの提案する商品は、大量消費者の期待にかなっている。
未だにポーランドで製造されている家具の多くは、劣悪な質の商品である(デザイン的にも)が、市場には、工匠は競争企業と着実に戦うことを可能にする武器であるということに意識的なメーカーもある。事務家具メーカー Balma とピョトル・クフチンスキの長年の協力は、素晴らしい成果をもたらしつつある。「Xeon」シリーズは、長年にわたり、当社の最も代表的なデザインだった。2005年に当メーカーは、新ブランドNotiを作ることを決めた。この名前で、客間や食堂に置くための高級家具が販売されている。ピョトル・クフチンスキの他、ポーランド・デザイン界を主導する作家たちが、Notiのためにデザインを行っている――レナタ・カラルス、イェジ・ランギェル、イェジ・ポレンプスキ、ミコワイ・ヴィェルシウォフスキである。当企業は彼らの名前を前面に出すことで、自社製品の意識的プロモーションを行う。かなりの成功を収めてもいる。カラルスがデザインした椅子「Comma」は、2009年に、最も権威あるヨーロッパ・デザイン・コンクール Red Dot Design に入賞した。その他の家具メーカーも大胆にデザイン業界と手を組んでいる―― COM40、 Vox Meble、 Paged Meble だ。
飛行機、信号、ヨット――ポーランド人、家具のみに生きるにあらず
これを知っている人は多くないが、ポーランド人は素晴らしいヨット(例えば、レチェク・ゴンチャシュの「Noon 55」モデル)や飛行機(その一例が、エドワルト・マルガンスキ率いるグループが作った、極めて美しい「EM11 Orka」)を、設計し製造している。ブィドゴシュチ市の PESA 工場などで作られている新型鉄道客車のデザインは、マレク・アダムチェフスキ率いるグダンスク市の設計スタジオ Marad で生まれる。H・ツェギェルスキ工場は、低床路面電車を設計・製造している。
ワルシャワ市民には、イェジ・ポレンプスキ、グジェゴシュ・ニヴィンスキ、ミハウ・ステファノフスキ( Projektowe (プロイェクtヴェ))が開発し、1996年に導入された市内情報システム(MSI)は、きっともうおなじみだろう。システムは、市の特殊性、ワルシャワ諸地区の歴史的・慣用的名称、住民の習慣を考慮に入れた極めて詳細な調査に基づく。その特徴の一つは、ヴィスワ川に対するそれぞれの通りの垂直または並行的位置情報ピクトグラムの適用である。
信号にも、デザインの良いものと悪いものがある。ブィトム市の交通技術工場のためにミハウ・ラトコとレシェク・チェルヴィンスキが作った ZIRslim は、モジュール・システムとして考案された――繰り返される要素から任意の組み合わせを作ることができるのだ。そのおかげで、当製品の製造は高価でなく、組み立ては容易、故障の際に欠陥部品を優良部品に交換するのも困難ではない。信号は2009年 Śląska Rzecz (シロンスク的な物)コンクールに入賞した。
絨毯を民芸風切り絵に――小さいものは美しい
近年観察されるのは、小規模デザイン製造会社の誕生という興味深い現象である。それは、自分の希望通りの新しい美的・機能的価値の提供に努めるデザイナーが設立した創造的な個人名ブランドと定義される。数年前に目覚ましいデビューを飾ったのは、Moho (マグダ・ルビンスカとミハウ・ビェルナツキ。二人は今、CODEスタジオを結成している)。2006年に、民芸風切り絵のモチーフを用いた彼らの絨毯デザイン「Mohohej! dia」は、業界で影響力を持つ英国誌「ウォールペイパー」特別賞を受賞し、2008年にはドイツの権威あるコンクール Red Dot Design (前記)に入賞した。Moho Design の絨毯は、伝統的な素材――ポドハレ地方の民芸品に特徴的なフェルト状にしたウールと民芸切り絵のモチーフ――を巧みに応用している。
ヨアンア・ルシンとアグニェシュカ・チョプもまた、フェルト状にしたウールを用いるが、色彩はもっと自然だ。その他、二人は素材をより個人的で実験的な加工・装飾技術にかける。押し抜き具(ポンチ)を使った形の切り抜き、刺繍、片抜き、印刷、格子作り、インターレース、浮彫など。こうした技術によって、もともと単純で、貧しいといってもいい素材が壁や床を飾る装飾的な布に変わる。
己れの作品目録を着実に増やしているのは、PuffBuff design のアンナ・シェドレツカ、ラドスワフ・アフラモヴィチである。彼らは、容易にサイズを変えられる軽量のオブジェやモバイルシステムのデザインからスタートした。そこから彼らは、可膨張性構造をめぐる実験にたどり着いた。PuffBuff はデザインだけでなく、製造管理や自社製品の市場供給も完璧にこなす。重要な国際見本市に定期的に参加し、それによって世界中に販路を持つ。
短期シリーズで生産される作家性の強いコレクションを作るデザイン集団のうち、最初に挙げるべきは、さまざまな素材と主題を実験する二人のデザイナー、アガタ・クリクとパヴェウ・ポモルスキによって設立された、グダンスクのグループ Malafor だ。陶器分野で極めて興味深いデザインを提案するのは、ボグダン・コッサク、陶器とガラスの作家性の強いコンセプトを専門にする3人――アグニェシュカ・バル、カリナ・マルシンスカ、アグニェシュカ・クナイペル、興味深い形態の照明を作るダリア・ブルリンスカ、そして廃車のエアバックから独創的なカバンを作る M.A.M.AirBag グループである。興味深い作家の名をすべて挙げることはできない――デザインのこうした流派はとてもダイナミックに発展し、我が国の市場に提供される興味深い製品の品目を着実に増やしている。
「ちっぽけなラジオ」――マニフェスト
これらとは別のグループ、それは一回限りのデザイン、マニフェストとしてのデザインである――工匠はアーティストが己れの創作・社会的態度を示す媒介(メディア)として扱われる。概念的(批判的でもある)デザイン・プログラムを実行している、現在最も興味深い作家はバルトシュ・ムハで、自分がデザイナーであるとは思わないと宣言する彼は、プロデザイナーと競争するつもりはないと、明確に強調する。彼は、自分は実践的な芸術家であると言う。マレヴィチと構成派に魅了されていると自認する。
すでに解散した Gogo 集団(マリア・マコフスカとピョトル・ストラルスキ)のプロジェクトも注目に値する。彼らがデザインした「ちっぽけなラジオ」は天然の松材の幹で、そのなかにラジオ受信機が2台並んで挿入されている。顧客はラジオを購入する際、一台分を切り取らなくてはならないのだ――手鋸を使うのがいちばんよい。これは、常に規範に反するふるまいをする二人のデザイナーが提案した、販売者と顧客の双方に関わる一連のプロジェクトの一つで、その狙いは今日購入と消費のプロセスが容易になっていることに注意を向けさせることにある。
芸術とデザインの境界領域で活動する最も興味深い個性の一人が、実用的な形態と陶器彫刻を作るマレク・ツェツワだ。彼の場合、デザインが芸術に刺戟を与えているが、逆もまた然りである。ツェツワの作品は、ロンドンの Victoria & Albert Museum、ニューヨークの Cooper Hewitt Museum など、14の博物館に所蔵されている。
概念的プロジェクト、複製のきかないオブジェ、実験的デザイン――極めて重要なのは、こうしたタイプのデザインが深い思索に基づいていること、メッセージを伝えていることである。確固たる知的基盤が欠けると、さして面白くないガジェットができあがってしまう。私たちはまだ西側の経済発展レベルには達していないかもしれないが、ポーランドのメーカーのために仕事をする(とはいえ、外国メーカーのために仕事をすることも次第に頻繁になっている)ポーランドデザイナーの職業性の水準と、我が国デザイナーの創造的で非商業的な表現がともに証明しているのは、これまでに与えられた時間を有効に活用して、私たちは知的レベルにおいては西側と対等になったということである。
執筆:マグダ・コハノフスカ(Magda Kochanowska)
[1] 以下、固有名は原綴で表示するが、ポーランド語起源のものについては、ルビを付し、括弧内に邦訳を書き添える。