大戦、震災ーー互いに手を差し伸べる交流の歴史
アンジェイ・ワイダ監督、photo:ポーランド共和国外務省
日本とポーランドは、2019年に国交樹立100周年を迎えました。これを機に、両国で様々な催しが行われ、両国の友好関係を改めて確認し合うと共に、今後の更なる交流拡大に向けて色々な試みが企画されています。日本とポーランドは、8,700kmと遠く離れていますが、これまで様々な心温まる交流がありました。
埋もれたシベリア孤児のエピソード
シベリア孤児のエピソードは、1990年代までは埋もれた秘話でしたが最近では両国の交流のシンボルとして広く知られるようになりました。第一次世界大戦で戦場となったポーランドから、戦禍を避けて15〜20万人といわれるポーランド人がシベリアに逃れました。しかし、ロシア革命とそれに続く内戦で、彼らはポーランドに戻れなくなってしまいました。せめて子供達だけでも救ってほしいという難民たちの要請に応えたのは、日露戦争後もそのままシベリアに出兵していた日本軍でした。日本の外務省は日本赤十字に連絡をし、日本陸軍の協力でシベリア流刑者や戦争難民となっていたポーランド人の両親を失った、いわゆるシベリア孤児たち765名を、1920年と1922年の2度にわたり日本に受け入れました。
日本の献身的なサポートで、飢餓と疾病に苦しんでいた孤児たちは、その後全員無事に祖国に帰国しました。1930年には、帰国孤児同士の親睦、日本との交流を目的とした極東青年会が設立され、第二次世界大戦中には極東青年会員が地下抵抗運動を行いました。日本大使館は彼らの拠点となった孤児院にナチスの捜索の手がおよんだ際に事実上保護しました。一方で、ポーランドは1995、1996年に、阪神・淡路大震災被害児童をポーランドに招待しました。シベリア孤児の話を覚えていたポーランド人の善意の返礼でした。その時ポーランドを訪れた児童の中からは、ポーランド研究者に育った方もいます。
今も息づく交流エピソードが意味するもの
日本美術技術博物館「マンガ」、photo:日本美術技術博物館 マンガ/Manggha Museum
そのほかにも、交流のエピソードはいろいろあります。ポーランドのフランシスコ修道会のマクシミリアン・コルベ神父、ゼノ修道士(ゼノン・ジェブロフスキ)は、1930年に渡日して長崎に修道院を設立し、長崎の原爆被爆者、戦争被害者の支援を行いました。フランシスコ会は、戦後も日本で慈善活動を検診的に行なっています。1994年には、アンジェイ・ワイダ映画監督の提唱で、クラクフに日本美術技術博物館が設立され、日本美術収集家フェリスク・ヤシェンスキのコレクションを中心に展示が行われています。同じ年に、体制転換後のポーランドの発展を支援する目的で、ポーランド日本情報工科大学が設立されました。これらの交流のエピソードを語り継ぐのは大切なことです。それは、初めて接する知らない国であっても、こうした逸話をきっかけに相手の国に吸い込まれるように関心や親近感をもったり、初対面の時から自然に相手に対する好意を抱き信頼関係を築くことができるからです。
「ヨーロッパの精神」が宿る国ポーランド
Photo: Momentmal / Pixabay
ところで、なぜポーランドは私たちの心を捉えるのでしょうか?
ポーランドは「ハート・オブ・ヨーロッパ」と呼ばれています。地理的にポーランドはヨーロッパの中心ということもありますが、それよりも「ヨーロッパの精神」がここにあるからだといわれます。民主主義を重んじる土壌、数々の災難を乗り越える不屈の魂、人々を暖かかく包み込む寛容の心が、ポーランド人自身ばかりでなく、ヨーロッパ、そして世界の人々に様々なインパクトを与えてきました。ポーランドの歴史や芸術に込められたそうしたメッセージが私たちの心に響、心を捉えるのでしょう。
文化人が英雄の国
ワジェンキ公園のショパン像、photo:ポーランド共和国外務省
ポーランドは、詩人や音楽家が国民の英雄になる国です。
ワルシャワやクラクフの中心に建っているのは国民的詩人のミツキェヴィッチの銅像です。ワルシャワ中央のワジェンキ公園入り口にあるのは、柳の木の下で風の音に耳を傾けるショパン像です。ポーランド人ノーベル賞受賞者7人のうち5人は詩人、文学者です。ポーランド人は独立がない時代を123年間過ごしました。また、1918年に独立したポーランドは、その後わずか100年で3つの政治・社会体制と数々の政変を経験します。こうした苦難と激動の社会の中で、人々の心を支え、生きる力となってきたのがポーランド人の詩人や作曲家が創った作品でした。私たちはポーランドの詩や音楽を通じてポーランドの鼓動に触れることができます。
ポーランドが今の世界に与えてくれる価値
ワルシャワ市内中心部の夜景、photo: Gerd Altmann / Pixabay
ポーランドにはまた、「古きヨーロッパの心」が残っています。ポーランドはヨーロッパの中でトップランナーではありませんでした。宗教改革の嵐が吹き荒れた時は、ポーランドは頑固にカトリックを守りました。ヨーロッパ諸国で産業革命が華々しく進展した時は、ポーランドは列強に独立を奪われており、自由に経済を発展させることができませんでした。しかし今、ヨーロッパが急速な金融資本主義化とグローバル化の中で方向性を見失っている中で、「ヨーロッパの古き良き精神」を温存してきたポーランドが、制度疲労した世界に向けて新しい価値を発信しているのです。私たちが失っていたものを思いださせ、同時に新鮮な息吹と未来への希望を伝える。ポーランドは、そうしたインスピレーションを私たちに与えてくれます。
岐路に立つポーランド
クラクフ中央市場広場、photo: Mickey Estes / Pixabay
現在、ポーランドは目覚ましく経済発展しています。この100年で一番経済が好調で社会が豊かな時期といえるでしょう。南欧の経済危機やイギリスのEU離脱問題を背景に、ヨーロッパの投資はポーランドに集まっています。失業率は低く、むしろ人手不足の状態です。もちろん、こうした流れは歓迎されるべきものです。しかしながら、伝統的価値観に対する大きな衝撃でもあります。何を新しく受け入れ、何を良き伝統として守っていくのか、21世紀の半ばに向けてどういう社会を築いていくのか、そしてこれからも世界に新鮮で刺激的なメッセージを発信していけるのか。ポーランドは今、大きな岐路に立っているともいえます。
(公演プログラムより転載)
協力:ジャパン・アーツ
編集:YN Associates